May 28, 2013

柳雨

Willow's Song by Paul Giovanni, 1973

Heigh ho, Who is there?

No one but me, my dear.
Please come say, how do?
The things I'll give to you.

A stroke as gentle as a feather.
I'll catch a rainbow from the sky and tie the ends together.

Heigh ho, I am here.

Am I not young and fair?
Please come say, how do?
The things I'll show to you.

Would you have a wondrous sight?
The midday sun at midnight.

Fair maid, White and red.
Comb you smooth and stroke your head.

How a maid can milk a bull.
And every stroke a bucketful.

&
Willow's Song - "As the Cry Flows" Seafood

月が滲みて、夏は来たりぬ。

May 16, 2013

配慮

ひとつだけ提案がある。

賞味期限、あるいは製造年月日の表示場所を統一できないか。
例えば箱物は、フェイスに対して必ず上手(右側)サイドに表示する、とか。
解りやすいフォントや見やすい大きさのサイズに決めて、点字だってあっていいと思う。

表示場所を統一すれば、流通から小売まで効率化でき、最終的には省エネにも繋がると思うのだ。
もちろん、表示場所の義務さえ果たせば、それ以外の部分に追加表示するのは一向に構わない。
牛乳の紙パックなどは一番上の閉じた部分に表示してあるが、あれは確かに解りやすい場所だよな、と思う。

今は、車のナンバープレートがいろんな書き方で、あっちゃこっちゃに貼ってあるような状態だ。

"The Blind Man's Meal / Blue Period" Pablo Picasso 1903, The Metropolitan Museum of Art

なんといっても、これから更に増えるであろう、高齢者のお客様のことを考えて欲しい。

May 15, 2013

占有


例えば、バターのパッケージング。

大抵の外装は、六面の立方体、つまり四角い紙製の箱にバターの容器が入っている。
その中で、最も面積が大きく、商品のイメージをアピールしている面を「フェイス」という。
文字通り商品の顔なので、通常、このフェイスの面をお客様に向けて並べる。

商品棚の一列を占めるならワン・フェイス、二列を占めるならツー・フェイスと呼ぶ。
三列まではスリーだが、四列からはヨンと日本語読みになり、売れ筋の商品は何十フェイスも占める。
メーカーや卸業者の営業は一列でもフェイスを増やそうとして、それはもう必死だ。

フェイスが少ない商品は、単価のいい高級品や仕入れ困難な人気品の場合もあるが、そんなことは滅多にない。

"10 Items or Less" Brad Silberling

ほとんどの商品は、いずれ死に筋を迎える。

May 14, 2013

後学

全体の割合では、そんなに高年齢の方ではない。

ただ、現場の実働でシフトや班員を組むと年長者になってしまうことが多い。
そうすると、何かあった時にお客様から話しかけられることも多くなる。
見た目の年齢で勝手に、あいつならベテランだろう、責任が取れるだろう、などと思われやすい訳だ。

生クリームとホイップクリームって、どう使い分けたらいいのかしら … 存じ上げません。
チルド餃子と生餃子って、どっちも同じように見えるんだけど … 知りません。
ボロネーゼとジュノベーゼって、お弁当のおかずにピッタリなのは … はあ。

こういう時にかぎって、近くに誰もいない。

"Tropic Thunder" Ben Stiller

日々是好日。
雲門文偃 「雲門広録」より

May 13, 2013

既視

愚痴を聞いて欲しかっただけ。

え、ああ、そうか、そうだよね。
そういうもんだよね、相談てのは。
なんていうか、ええと、こっちが話しすぎたよ。

ごめん。

"Silver Linings Playbook" David O. Russell

今度こそ、ちゃんと聞くから。

May 9, 2013

天狗

まだ寒いのかよ。

マフラーを取りに一旦部屋に戻るか迷ったが、そのまま玄関の鍵を閉めた。
もう五月なんだから、いくら田舎の夜中でも歩き出したら体が温まるだろう。
そういえば、あるパートのおばちゃんは六月になるまで炬燵を仕舞わないと言っていた。

出掛けの寒さに面喰らったせいで、記憶が飛んだようだ。
カーペットのスイッチを切ってきたかどうか、どうしても思い出せない。
一応、お袋にメールしておこうと携帯を手にしてみたら、圏外だった。

久しぶりに見た、圏外。

Thrift Shop - "The Heist" Macklemore & Ryan Lewis

メールは国道付近に出たら送ることにして、タバコとライターを取り出す。

タバコを口に咥え、火を付けようと俯き加減になった時、風を切ったような気がした。
なんだろう、と仰いだ顔に向かって、何かが突っ込んでくる。
そこが道なのか用水路なのか田んぼなのかも構わず、悲鳴と一緒に飛び退いた。

遠くの街灯や星空の瞬きを遮りながら、真っ黒な空中を濃い灰色のシルエットが遠ざかっていく。
あれは多分、梟だった、そう梟だ、絶対に梟に違いないよと言いながら立ち上がる。
飛び退いた先が道であったことに安堵しつつ、ライターは何処かへ放り投げたらしい。

本当の夜は彼らの世界、か。

Obedear - "Shrines" Purity Ring, Artwork : Kristina Baumgartner

鍵に小さな懐中電灯を付けているが、ライターは捜さなかった。

時間がなくて遅刻してしまうから、ではない。
本当に真っ暗な中で道端に放り投げたライターを捜す、というのは想像以上に難しいのだ。
整備された歩道なら話は別かもしれないが、この辺りはアスファルトであっても大半が雑草で覆われている。

それに、全ての生き物が大きい。
スズメかと思ったら大きなガだったり、サソリかと思ったら大きなクモだったり、まるで野生の王国だ。
真っ暗なのも怖いとは思うが、もし懐中電灯で何かを照らし出してしまったら、と思うともっと怖い。

国道に向かう足が、少し早くなった。

Play Hard - "Nothing but the Beat" David Guetta

きっと今頃、手に入れたライターで一服してるに違いない。

May 7, 2013

回覧

客商売なので、店の周辺住民にはそれなりに気を使っている。

少し早めに仕事を切り上げて、歩いて帰るついでに回覧板を持って行くことにした。
呼び鈴を鳴らした上で反応がないことを確認し、玄関先に回覧板を置いて本日の業務終了。
多分、田んぼか畑にでも出ていてるんだろう。

ベッドタウンとして開発が進んでいるといっても、まだまだ気が遠くなるくらい、青空は広い。

One Day - Type with one finger

次期町長さんには、街灯を増やして欲しい。

May 5, 2013

扶翼

日本で唯一、ということは恐らく世界で唯一、トルコを主要な舞台にした漫画がある。

安彦良和による「クルドの星」が其れで、あまり知られていないと思う。
彼は早くから天才的なアニメーターとして、世間一般に知られたアニメ作品に多く関わってきた。
しかし、アニメという共同作業において監督ではない以上、単なるスタッフの一員に留まることも多かった。

その鬱憤を晴らすように、単独作業で製作が可能な漫画作品では、自由にモチーフを選んだ。
ところが、自由すぎて、売れ筋の雑誌で連載されるような機会は滅多になかった。
満州時代の五族協和やユダヤ自治、明治時代にアイヌ人の偽名で東亜革命に挑む思想家、等々。

仮に手前が編集の立場だったとして、連載の許可に躊躇してしまうような物語ばかりだったのだ。

&
"Stevenson Memorial / Winged Figure Seated Upon a Rock" Abbott Handerson Thayer 1903, Smithsonian American Art Museum 

何故、安彦がトルコやその周辺地域をモチーフに選んだのかは、後に理解できるようになった。

彼は「アリオン」で漫画家としてデビューするが、これがギリシャ神話をモチーフにした物語だった。
その為の現地取材や資料収集を重ねるうちに、「クルドの星」の着想を得たのだろう。
両作品の物語に直接的な接点はないが、当時、彼が欧州と中東の歴史的な繋がりを意識していたことは伺える。

あくまでも少年漫画である、という大前提は安彦も重々承知だったと思う。
また、漫画が駄目ならアニメがある、とは思っていなかっただろうが、多忙であったことも容易に想像できる。
高校生の頃に「クルドの星」を読み、安彦自身が未練を惜しんでいるような、尻切れトンボの印象を受けた。

それでも、ナルギレ(水煙管)やケスターネ(焼き栗)といった文言が出てくる漫画は、そうそうないだろう。

"Le Christ mort et les Anges"  Édouard Manet 1864, Metropolitan Museum of Art, H.O. Havemeyer Collection

有名か無名かはどうでもいいのだが、ウィキペディアに記事があるかないかは多少の判断材料になる。

あれだけ有名なアニメーターの作品なのに、「クルドの星」はトルコ語版の記事しかなくてちょっと驚いた。
おぼろげだが、単行本の奥付にはトルコの在日大使館か観光局の協賛クレジットがあったように思う。
その関係の記述かどうかは知らないが、トルコ語の記事に混じるキャラクターの名前が当時を思い出させてくれた。

主人公は、日本人の父トシローとクルド人の母サリーの間に生れたハーフの少年、ジロー・マナベ。
父はオリエント文明の研究に没頭しており、母はジプシーのダンサーで、共に音信不通の状態だった。
生れて直ぐに父方の親族へ引き取られて日本で育ったジローは、ある日、手紙を受け取る。

それは、「イスタンブールに来てほしい」という、母らしき人物からの手紙だった。

&
"La Victoire de Samothrace" 190 BC? Found in Samothrace 1863. Photo : Pierre Jahan 1939, Musée du Louvre

単身でイスタンブールを訪れたジローは、デミレル(鉄の腕)という渾名の男に出迎えられる。

この男が政府軍から追われる武装勢力のメンバーだったことから、クルド人の独立問題に巻き込まれていく。
イスタンブールからヴァン、隣国イラクのアルビールを経由して、再びトルコ東部のドゥバヤズィットからアララトへ。
ハインド(Mi-24)に驚愕するシーンがあったと思うが、アルメニアが近づけば旧ソ連の影は仕方がない。

今のようにネットがなかったので、政治的な背景は「現代用語の基礎知識」などで読んだ記憶がある。
そもそもクルド人を知らないから、実際はどんな容貌やどんな風習の人達なのかと図書館へ行ったりもした。
その原動力の根本は、赤毛の不良少女リラやクルディスタンの族長の娘ウルマなど、ジローがモテたからだけど。

そして、アララト山について多少なりとも知るようになった。

"Mariana" John Everett Millais 1851, Tate Britain

男という生き物は、異国情緒や謎解きのある冒険譚に弱い。

「クルドの星」は最終的に、人類史や進化論で謎とされているミッシング・リンクに迫る。
アララト山の高所で、数百万年前の男の遺体が良好な冷凍保存の状態で見つかった、らしい。
その男の遺体は旧ソ連の研究所によって「アダム」と名付けられた、らしい。

何故、あの辺りが歴史的な紛争地帯なのか、何故、クルド人の自治権がなかなか認められないのか、となる。
我々は何処から来たのか、我々は何処へ行くのか、我々は何者なのか、という聖書の件だ。
仮に男の遺体が本当にアダムだとしたら、イブは誰なのか。

どうやら、父トシローと母サリーはそれに関わりすぎ、ジローの出生にも関わる、らしい。

&
"Stevenson Memorial / Winged Figure Seated Upon a Rock" Abbott Handerson Thayer 1903, Smithsonian American Art Museum

「クルドの星」を思い出したのは、最近、トルコ関連のニュースを立て続けに目にする機会があったからだ。

一つ目は、オリンピックの招致で、個人的には東京で開催してほしい。
二つ目は、首相の歴訪で、とにかく原稿から目を上げて話してほしい。
三つ目は、印欧諸語の全ての発祥がトルコ地域であるという研究結果を報じたAFPの記事だ。

ざっくり書けば、東南アジアとアフリカの一部を除くほとんどの地域の言語が、トルコから伝播したことになる。
大航海時代の植民地も加えれば、影響を受けていない言語の方が少数派だ。
本当かいなと疑いたくなる研究結果だが、神話を絵空事と馬鹿にしすぎるのも良くない。

ノアの箱舟が辿り着いたのは、アララト山なのだから。