March 20, 2014

雑記

Google Blogger の管理者が長らく悩まされてきた件が解消された。

Referer Spam(リファラ・スパム)という奴で、管理者画面のトラフィックを経由して踏ませようとする地雷URLだ。
これを回避(拒否)するには、Google Analytics を組み込んでひとつひとつ潰していくしか対策の仕様がなかった。
自動のスパムに手動のフィルタが勝てるはずがない。

Google 側でまとめてフィルタリングすべきかどうか議論が続き、先月頃になって特に予告なく実施されたようだ。

トラフィックの統計は急激に右肩下がりになり、折れ線グラフは凪のように静かになった。
このブログは日平均で、国内から数件、海外から数件というアクセス数しかなく、それが平常だ。
安心してほしいが、これは管理者のみ狙ったスパムで、閲覧者には全く関係がない。

全期間のトラフィック上位は全てスパムである。
"http://rainy-tokyo.blogspot.jp/" Stats Overview

マレーシア航空MH370便の話は、本当に不思議な話だ。

ただ、海や空では時折、こういう不思議なことが起きる。
不思議と書いたが、それは目撃者がいないから不明というだけであって、必ず原因はあるはずなのだ。
でもやっぱり、不思議と感じるのは人が人である由縁で、予想外の事実を発見することに繋がったりする。

最後の交信は副機長からの「All right, Good night」だったそうだ。

Malaysia airlines flight MH370
Engineering & Technology magazine, Graphic News

上司は、部下を守ってやってほしい。

守ってやる、と書くと何だか驕っているようだが、そういうつもりは一切ない。
守るべきだ、と書けばいいのか、身内贔屓とも違う、ちょっと表現し難い感覚ではある。
それでも、そういう矜持があってほしいのだ。

自分は、部下を守らないどころか、裏切りさえした。

"Small Town Heroes" Hurray For The Riff Raff

その反省も含めて、今改めて、上司は部下を守ってやってほしいと思う。

March 11, 2014

三年

あれから三年が経過したので、書かせて頂く。

三年前の今日、東京の自宅にいた。
女房は仕事で、子供はマンション階下にある実家へ預け、一人で遅い昼食を終えた。
当時の石原知事が選挙に出る出ないの会見を中継しているのはミヤネ屋だけだったので、それを観ていた。

中継のアナウンサーが揺れてますね、と言いながら庁舎を見回すと、同時に足元が揺れ始めた。

こういう時こそNHKだと思ってリモコンを手にした。
その途端、大きく揺れて、思わず空の食器を手で押さえた。
国会の中継から緊急放送に切り替わり、外に出て実家へ走って行こうとした。

その際、各部屋の住人が外へ出ようと次々に玄関のドアを開けるので、迂闊に走れなかったことを覚えている。

Fuji News Network

被災した方々には心からお見舞い申し上げたい。

震災後、上客だった空港利用客が激減し、もう潮時だと思っていたこともあって、タクシー会社を辞めた。
職安に登録して、宅配集配所のパートはとても長く続けられないだろうと思い始めた頃、メールが届いた。
職歴や年齢は一切問わない、簡単な事務仕事で大量に募集している、誰でもいい、という求人の紹介だった。

震災から数ヶ月後、某人材会社の派遣社員として都内某所へ通うようになった。

Independent Television

その仕事は、電気を作っている某大企業の補償業務だった。

補償対象者の数は膨大で、申請書類を迅速に処理するために大量の人手が必要ということだった。
その為に某大企業は数棟のビルをまとめて借り上げ、掻き集めた派遣社員は四桁の人数になるという話だった。
自分のデスクがある階だけでも派遣社員は数百名いるので、朝のエレベーターは30分待ちということもあった。

流石、名の通った大きな会社は凄いものだと感心していたが、それは数日で崩れ去った。

Sky News

結論を先に述べると、電気料金の値上げは絶対に反対である。

まず、個々人の社員は別だと思いたいが、企業としてはあまりにも世間知らずだった。
最初に補償対象者へ送られた申請書類はまるで電話帳のような厚さで、全て記入して作成しなければならない。
これを、田畑しか耕したことがないような一人身の高齢者に至るまで徹底させよ、という指示だった。

到底無理なので一旦回収となり、申請書類の作成、印刷、郵送などの費用は全額が無駄になった。

これを数回も繰り返し、最終的な申請書類はほんの数枚でよし、ということになった。
そして毎回、何故か膨大な数を一気に刷り、送り、謝り、戻す、を繰り替えした。
これでは、真面目に補償する気があるのか、と怒られても仕方がない。

そういう、やり場のない怒りは実際に声となって、申請書類と一緒に添えられたりしていた。

注意して開封すればいいだけとは思うが、剃刀で怪我をしても誰も責任を取れないので、開封機が導入された。
しかし申請書類が回収となれば、最先端の開封機も掻き集めた派遣社員も同じで、やることがない。
やることがなくても、国からの補助金を消化するため、ただ座っているだけの派遣社員には賃金が支払われた。

これが日単位ならまだしも、週単位で続くこともあった。

Nippon Hōsō Kyōkai (Japan Broadcasting Corporation)

前例のない事態だから、と言うならその通りで、問題点は書けばきりがなく、それらは百歩譲ってよしとする。

しかし、なによりも驚いたのは、憤った数名の派遣社員たちが何度も社員に申し出たこの件だ。
日射しのいい明るいフロアであっても、誰も使っていないトイレであっても、電気は消されることがなかった。
ノーネクタイは無論、誰に観られることもないからTシャツ一枚になっても平気だが、エアコンは常時25度だった。

テレビ、ラジオ、ネット、新聞その他、ニュースといえば輪番停電や28度設定の協力を仰いでいる時期だ。

社員の説明では、集中管理されたビルだから、そういうことが出来ない、ということだった。
それならせめて不必要な蛍光灯を外してしまい、Tシャツ一枚でも構わない、と派遣社員が問う。
そんなことをして万が一、怪我をしたり風邪にでもなったら、と社員が答える。

問答の間も、やることがない数百名の派遣社員が座るフロアの全蛍光灯と全エアコンは、電気を消費していた。

恐ろしい程の、お役所以上のお役所体質だった。
もちろん、実際に命を削り、出来る節制は実行し、真面目に働いている個々人の社員には本当に頭が下がる。
しかし、もうこれ以上は絞り様がなく、それを踏まえた値上げだ、という社長の会見には申し訳ないが失笑した。

企業としてはあまりにも世間知らずで、世間一般の常識からは掛け離れていた。

In 1903, Marie Curie shared the Nobel Prize in Physics, with husband Pierre Curie and physicist Henri Becquerel.
In 1905, Albert Einstein established the equation "E=MC² ".

そして、勘違いしないで欲しい、この説明は省くが、自分は原子力が必要だと思っている人間だ。

ただし、この某大企業のこの体質のままでは、値上げは反対だし、原発は絶対に無理だ。
一事が万事とは思いたくないが、あの調子では、安心できるレベルは不可能だろうと思われて仕方がない。
それこそ、核分裂さえまともに対処できない段階で、太陽と同じ核融合に挑むことなど時期尚早にすぎる。

どうしてもと言うなら、まず早急に「真の第三者で一般的な常識のある」監査機構を常駐させることを強く望む。

最後になりましたが、現地の復興を心から願っています。

March 7, 2014

太鼓

( Whistle by Björn Yttling )
( ビョン・イットリングによる口笛 )

< Peter Morén >
If I told you things I did before, told you how I used to be
Would you go along with someone like me
If you knew my story word for word, had all of my history
Would you go along with someone like me

< ピエテル・モーエン >
もし僕が今までにどんなことをやってきたか、君に話したら
君は僕に似ている他の誰かのところに行ってしまうだろうね
もし君が僕の人生について、全ての物語を知ってしまったら
君は僕に似ている他の誰かのところに行ってしまうだろうね

< Victoria Bergsman >
I did before and had my share, it didn't lead nowhere
I would go along with someone like you
It doesn't matter what you did, who you were hanging with
We could stick around and see this night through

< ビクトリア・バーグスマン >
それはもう過去のことで受け入れてる、どこにも行かないわ
あなたに似た他の誰かのところになんかね
あなたがどんなことをしてきたかは問題じゃないの、誰と一緒にいたのかも
私たちはこうして夜を共に過ごしたんだから

< Peter & Victoria > #
And we don't care about the young folks
Talking 'bout the young style
And we don't care about the old folks
Talking 'bout the old style too

And we don't care about our own faults
Talking 'bout our own style
All we care about is talking
Talking only me and you

ピエテルとビクトリア > #
そう、僕(私)たちは若い連中が好きじゃない
流行について話すなんて
そう、僕(私)たちは年寄り連中が好きじゃない
流儀について話すなんて

そう、僕(私)たちが好きなのは
自分たちについて話すこと
すべて、僕(私)たちが好きなのは話すこと
僕(私)と君(あなた)だけで話そうよ

( Whistle )
( 口笛 )

< Victoria Bergsman >
Usually when things has gone this far, people tend to disappear
No one will surprise me unless you do

< ビクトリア・バーグスマン >
こんなことって普通なら、皆どこかに消えていなくなってしまうわ
他の誰でもない、私を驚かせてくれるのはあなただけなのよ

< Peter Morén >
I can tell there's something goin' on, hours seems to disappear
Everyone is leaving, I'm still with you

< ピエテル・モーエン >
何が起きてるのか教えてあげるよ、まるで時間が消えていくみたいなんだ
皆が去っても、僕は君と一緒にいるよ

< Peter & Victoria >
It doesn't matter what we do, where we are going to
We can stick around and see this night through

ピエテルとビクトリア >
僕(私)たちが何をするか、どうなるかなんて重要なことじゃないよ
僕(私)たちはこうして夜を共に過ごせるんだから

Repeat
# 繰り返し

( Whistle )
( 口笛 )

< Peter & Victoria >
Talking only me and you
Talking only me and you

ピエテルとビクトリア >
僕(私)と君(あなた)だけで話そうよ
僕(私)と君(あなた)だけで話そうよ


&
Young Folks - "Writer's Block" Peter Bjorn and John

これを初めて聴いた当時、随分ませた若造たちだな、と思った。

なんだか歌声も、その後に観たグラハム・サミュエルズのイラストの世界感も、幼く感じたからだと思う。
たったの十代くらいで、そのくらいの年齢だろうと勝手に思い込んでいたから、お前らはこれからが人生じゃん、と。
ところが先日、偶然にもピエテル・モーエンのインタビューを読む機会があった。

どうやら、ある程度人生経験を積んだ後の、中年くらいの男女をイメージして作詞した歌らしい。

そうして聴き直してみると、合点がいく。
あるいは、そういう補正が入ったからなのか、歳をとったからなのか、以前よりもいい曲に思える。
仕事の帰り道で、口笛を吹くなんて久しぶりだった。

どっちかっていうと、一人で太鼓を叩いてるような生き方だけどね。