February 24, 2012

速達

キスが上手く撮れない。
日本人でキスが上手い、しかも絵になる、という人はそういないだろう。
キスをしようとする意識が手伝うのか、男女双方がタコのような唇になる。

上手く撮る方法はないかと調べてみた。
外人のキスは恰好いいと言うが、冷静に見るとそれほど絵になってる訳ではない。
案外、堂々と唇を尖らせて、それこそタコのようだ。
ただし、外人は唇が横に広がるような動きに見える。
言葉では何とも表しにくいが、口元全体が前へ出て唇を重ねる感じだ。

キスが日常ではない文化圏の人は、唇が縦に盛り上がり、唇だけが前へ出ようとする。
磁石が入っているかのごとく、唇だけがニュッと伸びる。
且つ、誓いとしてキスしなければならないが、人前でキスなんかできるか、という葛藤が加わる。
どんな美男美女でも、これでは冗談のような絵になってしまう。

想いが絵として写るのは、奇跡に近い。

 Kiss - "Merry Christmas, Mr. Lawrence" Nagisa Oshima


若いスタッフが横浜のCP+に行ってきた。
事務所のテーブルに大量のカタログが積み上げられる。
他の若いスタッフも集まって来た。

実は先日、仕事帰りに近くのカメラ屋に立ち寄った。
カメラ屋に行くなんて数年ぶりなので、それなりに楽しみに期待していた。
でも、ショックなだけだった。

驚くくらい、興味が湧かない。
ズラリと並ぶ製品が、全く目に入らない。
どうぞ触ってくださいというデモ機に、触る気分にすらならない。
これでは駄目だ、わざわざ店に来た意味がない。
せめてカタログだけでもと思い、近くのショーケースから数冊を手にする。
晩飯を食べてもいないのに吐き気がしてきて、気が付いた時には駅へ向かって歩いていた。
店には正味5分もいなかったと思う。

9番線と10番線の間にあるホームの喫煙所。
タバコを探そうとして手元が狂い、カタログが落ちた。
のろのろと拾い上げ、そのままゴミ箱に捨てた。

これどうですか、絶対に欲しいですよね、と聞かれて我に返った。
若いスタッフがあれこれスペックを読みあげて、目を輝かせている。
新製品を手に入れたら、彼は世の中を変えることだって出来るだろう。

そういうのは、もうよく解からないんだ、ごめんね。

 Satisfaction - Benny Benassi, Mv : Dougal Wilson


深夜、郵便局へ行く。
こんな時間なのに愛想のいい局員。
速達にしてもらった。

裁判所へ提出する答弁書の文面を思い出しながらエンジンを掛ける。
ああ書けばよかったとか、こう書くべきだったとか、今更に迷う。
右折するか、左折するか、T字路を前にして迷う。

少し走ろう。
湾岸線から首都高速に入り、環状線をグルグルと回る。
ただ回るだけ。

でも、ホッとする。
ハンドルを握っている時だけは、何も考えなくていい。
走っていれば、誰にも邪魔されない。

はずだ。

 Getaway - "Drive" Nicolas Winding Refn

February 16, 2012

通勤

朝、東京駅で京葉線から中央線に乗り換える。

地下のホームから地上へ向かう人は通勤客が多い。
服装はスーツが多いから、概ね黒っぽい。
皆が寝不足のしかめっ面で、今日の仕事をあれこれ考えている。

地上から地下のホームへ向かう人は観光客が多い。
服装はカジュアルが多いから、概ねカラフル。
皆が意気揚々と楽しそうな表情で、どんなアトラクションに乗るか考えている。

帰宅の時間帯。
地上から地下のホームへ向かう人は、頭から終わらなかった仕事がぶら下っている。
地下のホームから地上へ向かう人は、頭から黒い耳が生えている。

どちらもまったく羨ましくない。

 Come Into My World - Kylie Minogue, Mv : Michel Gondry


ターミナル駅は面白い。

一度だけ、グランド・セントラル駅に行ったことがある。
なんだか上野駅みたいだ、という印象を受けた。
天上が高くて広いエントランスがあったからだと思う。

海外と日本の駅の相違点なら、土産物屋を挙げる。
もちろん海外の駅にも土産物屋はあるが、日本ほどには充実していない。
東京駅はデパートみたいだ。

いろいろな人々。
いろいろな行き先。
いろいろな理由。

皆、いろいろあるのさ、と思いながらホームの大きな時計を見上げた。

 Let Forever Be - The Chemical Brothers, Vo : Noel Gallagher, Mv : Michel Gondry

February 8, 2012

現場

エレベーターで一気に高層階へ上がる。

バックヤードの扉には「左側通行および一列通行を厳守」の注意書き。
料理を運ぶスタッフとの衝突や追い越しによる転倒などを避けるためだ。
その奥の一画にある詰所に入り、胸ポケットに金属制のネームプレートを付ける。
ネームプレートを付けている以上、お客様にとっては正規も派遣も業者も新人も関係ない。
つまり、ホテルマン同様の立ち居振る舞いを求められる。

カメラじゃなくてカレンだったらよかったのに、とぼんやり思う。

 Club COPACABANA - "Goodfellas" Martin Scorsese

 
賄い用の食堂に入る。

無料のドリンクバーでしばらく迷う。
途中でトイレというのも困るから、ガバガバ飲むわけにもいかない。
エスプレッソにしておくか。

食堂のテーブルにマグカップと進行表、その下にカメラバックを置く。
ボディやレンズを取り出して組み立てる。
なんだかな、あちこちボタンだらけ。

ボタンなんてシャッターボタンだけでいいのに、とぼんやり思う。

 Tom's Photo Finish - "Tom & Jerry" No.109 : Joseph Barbera & William Hanna


食堂併設の喫煙室で一服。

見つけましたよという感じで、彼女が灰皿の対面にドッカと座った。
まだ若いマネージャーなのだが、物怖じしない子だ。
メンソールに火を点けながら不機嫌そうに話し始める。

 「今日の撮影、3分で済ませてください」
 「は? 進行表には15分って …」
 「駄目です」

きっぱり。
記者会見が予想以上の人数に膨れ上がったらしい。
急遽、進行の順番や時間を変更、部屋の切り替えも間に合うかどうかという状況。
数枚切って直ぐに終わらせないと、クレームがホテル側に入りかねない。

 「いやしかし、簡単とはいえライティングがあるし、ポーズだって何種類か …」
 「1分で終わるなら本当に助かります」
 「はぁ … まぁ」

はぁまぁなんていう間の抜けた返事じゃ通じない。
いくらなんでもそりゃ無理、「じゃ、間を採って2分っすね~」とトボケてみたら、睨み返された。
ギュギュッとメンソールを揉み消し、さっさと出て行く彼女。
雨に霞む、眼下の東京。

どーしたもんかな、とぼんやり思う。

 Jack - "The Tree Of Life" Terrence Malick

February 2, 2012

雑記

静か。

静かな職場だ。
BGMは流れているが、聞こえるか聞こえないかくらいの音量。
最も大きな音は、キーボードを叩く音。
次に大きな音は、マウスをクリックする音。
時折、書類をパラパラと捲る音やプリンターの作動音が加わるが、いずれも小さな音。
交代制のBGM当番が回ってきた。

じゃ、これで。

 Eple - Röyksopp, Mv : Thomas Hilland


若い。

若い職場だ。
30代と40代が数名しかいない。
まさか最年長になるとは思わなかった。
給湯室で一服していたら、20代前半の女の子が話しかけてきた。
「Type with one finger さんて、ツイッターとかフェイスブックとかやってないんですか?」
やってません。
以上。

さて、プリントの仕上がりはどうだろう。

 The Black Hole - "The Black Hole" Phil & Olly


土日。

土日は出勤だ。
被写体の都合上、覚悟していたから苦ではない。
むしろ、通勤電車の混雑から解放されて嬉しい。

フレンチ、イタリアン、中華、和食のレストランがあること。
スイートを含む客室が100室以上あり、国際会議も可能な多目的バンケットホールがあること。
これらに対応できる23区内のホテルを挙げよ。

以前の職歴が役立つとは思わなかった。
周辺経路は勿論だが、ホテル内でのお客様の動線や見取り図なども叩き込まれた。
どこでどんな経験が役立つか、解からないものだ。

ただし、機材の割り当ては D3 になった。
嫌じゃないけど … 少々不安。
しばらくキヤノン一辺倒で指が馴染んでしまった、という我儘は聞いてもらえない。

武器を選択するような余裕はなく、総動員するしかない。

 Weapon of choice - Fatboy Slim, Mv : Spike Jonze