エレベーターで一気に高層階へ上がる。
バックヤードの扉には「左側通行および一列通行を厳守」の注意書き。
料理を運ぶスタッフとの衝突や追い越しによる転倒などを避けるためだ。
その奥の一画にある詰所に入り、胸ポケットに金属制のネームプレートを付ける。
ネームプレートを付けている以上、お客様にとっては正規も派遣も業者も新人も関係ない。
つまり、ホテルマン同様の立ち居振る舞いを求められる。
カメラじゃなくてカレンだったらよかったのに、とぼんやり思う。
Club COPACABANA - "Goodfellas" Martin Scorsese
賄い用の食堂に入る。
無料のドリンクバーでしばらく迷う。
途中でトイレというのも困るから、ガバガバ飲むわけにもいかない。
エスプレッソにしておくか。
食堂のテーブルにマグカップと進行表、その下にカメラバックを置く。
ボディやレンズを取り出して組み立てる。
なんだかな、あちこちボタンだらけ。
ボタンなんてシャッターボタンだけでいいのに、とぼんやり思う。
Tom's Photo Finish - "Tom & Jerry" No.109 : Joseph Barbera & William Hanna
食堂併設の喫煙室で一服。
見つけましたよという感じで、彼女が灰皿の対面にドッカと座った。
まだ若いマネージャーなのだが、物怖じしない子だ。
メンソールに火を点けながら不機嫌そうに話し始める。
「今日の撮影、3分で済ませてください」
「は? 進行表には15分って …」
「駄目です」
きっぱり。
記者会見が予想以上の人数に膨れ上がったらしい。
急遽、進行の順番や時間を変更、部屋の切り替えも間に合うかどうかという状況。
数枚切って直ぐに終わらせないと、クレームがホテル側に入りかねない。
「いやしかし、簡単とはいえライティングがあるし、ポーズだって何種類か …」
「1分で終わるなら本当に助かります」
「はぁ … まぁ」
はぁまぁなんていう間の抜けた返事じゃ通じない。
いくらなんでもそりゃ無理、「じゃ、間を採って2分っすね~」とトボケてみたら、睨み返された。
ギュギュッとメンソールを揉み消し、さっさと出て行く彼女。
雨に霞む、眼下の東京。
どーしたもんかな、とぼんやり思う。
Jack - "The Tree Of Life" Terrence Malick