June 27, 2013

境界

すみません、エアコンの洗浄スプレーはありますか。

もう少しで退勤という時刻になって、レジの子から呼び止められた。
会計を済ませたお客様から問い合わせがあり、持ち場を離れられないので近場の誰かに振ったという訳だ。
次のお客様の会計を始めたレジの子の向こう側で、そのお客様が待っている。

僅かに見える横顔は、なんというか中性的だった。
服装から二十代くらいに見えるが、だからといって、男性か女性かがはっきり解るような服装でもなかった。
年齢も服装から判断しただけで、まだ子供のような気もするし、もう大人のような気もした。

それにしても不思議だ、日本人なのか、アジア人なのか。
もしかしたら欧米人なのかもしれないが、それすらもよく解らない雰囲気。
あまりジロジロと見るのは失礼だ。

取り急ぎ、生活用品の棚へ向かった。

We Won't Break - "Things Are What They Used to Be" Zoot Woman, UK 2009

一応、ここに置いておくから。

先程のお客様は、いなかった。
待っている間、タイムセールでも見にいったのだろう、よくあることだ。
レジの子に洗浄スプレーを言付けて時計を見ると、退勤時刻を超過していた。

退勤時刻の超過は理由書の提出が必要になる。
事務所までの距離がいつもより遠いような気がしたのは、焦っていたからかもしれない。
タイムカードを打刻すると、こんなタイムカードだったかなとしばらく眺めた。

まあいい、喫煙所で一服しながら理由書を書こう。
そう思ってタイムカードの横にある書類ファイルに手を伸ばした。
その時、窓から店の屋上にある駐車場が見えた。

この事務所は二階で、駐車場は三階から上にあるはずだ。
廊下に出てみると、いつもの廊下なのだが、違う。
エッシャーほど整然としておらず、キリコほどずれてもいないが、違う。

少し、遠近感がおかしい。
理由書は明日でいい、経理の〆日に間に合えばいいのだから、もう帰ろう。
帰ろうとして、下の階に降りることが出来ないことが解った。

もちろん階段はあって、ちゃんと階段の構造になっている。
ところが、いざ近づくと、書き割りの背景のような比率で、実際の上り下りは出来そうにない。
窓の外に見える町並みも、一体どこの町並みなんだ。

そうか、窓か。
窓を開けると、冷たい空気が流れ込んできた。
身を乗り出して下を覗くと、ここが二階であることは確かなようだった。

なんとか壁伝いに降り、店の外へ出ることができた。

Radio #1 - "10 000 Hz Legend" Air, France 2001

やっぱり駄目か。

携帯が通じないのは覚悟していた。
店の外に面した国道へ歩きながら携帯を手にした時、これは駄目だろうなと思ったのだ。
何故なら、見慣れたキーの配列なのだが、そのキーのひとつひとつが目の形をしている。

そのキーに数字や記号はなく、画面も真っ黒で、不通音すら聞こえない。
仕方なく携帯を胸ポケットにしまいながら辺りを見回すと、ごく普通の商店街が軒を連ねていた。
ただし、この商店街に見覚えはない。

電信柱の住所を見てみると、なんと湯沢と書いてある。
まさか、越後湯沢の湯沢のことなのか。
こんなことってあるのか。

茫然としていると、タバコ屋の前に一人の中年男性がいることに気が付いた。
彼は、タバコ屋の前にある緑色の公衆電話で、必死になって誰かと話している。
その相手が聞き取れないのか、彼の声はどんどん大きくなり、周りに人だかりが出来た。

彼の額には脂汗が浮かび、とうとう喚き散らすような大声になった。
すると、人だかりの中から一人の警官が出てきて、皆の迷惑だから電話を切るようにと手で制した。
彼は受話器を公衆電話に叩きつけ、おかしい、と叫んだ。

中年男性は、おかしい、おかしい、と何度も叫ぶ。
その度に、警官は、そういうこともありますよ、そういうこともありますよ、と穏やかに諭す。
中年男性が憔悴しきると、警官は彼を抱きかかえるようにしてその場から去ろうとした。

待ってください。

思わず、大声で呼び止めていた。
警官は中年男性を抱きかかえ、背を向けたまま立ち止った。
呼び止めたものの、次の言葉が出てこない。

いつの間にか夕暮れ時になっており、商店街の町並みが黒いシルエットになっている。
あれだけ大勢いた人だかりも、どこかへ行ってしまった。
なにをどう言ったらいいのか解らないまま口を開こうとすると、警官は僅かに横顔を見せてこう言った。

吹雪が来る、そこへ向かって走りなさい。

この警官は、知っている。
おかしいと叫んでいた中年男性を、そういうこともあると安心できる何処かへ連れていこうとしている。
鳥肌が立ち、足が震えた。

警官と中年男性の足元は、町並みの黒いシルエットにどんどん呑み込まれていった。
こちらの足元にも迫ってくると、反射的に反対方向へ逃げた。
反対側の町並みは多少明るく、まだ黒いシルエットに没していない。

走って、走って、走る、その反対側の町並みの中央あたりだろうか。
立体的な遠近感のある中央ではなく、平面的な視野の中央が、どんどん同心円状に白くなっていく。
その拡がっていく白さが、渦巻いている。

吹雪であってくれ、そう思いながら、走った。

Hide - "Features" Kris Menace, Germany 2012

常世は終わり、現世は終わらない。

June 22, 2013

冷却

簡単に激怒とか言うなよ。

怒ってはいたよ、いたけれど、激怒じゃないでしょう。
時間が断ったから落ち着いたっていうなら解るけど、それでもさ、あれを激怒って言うのかな。
激安とか激震とか激変とかって、滅多にない余程のことだからこその激なんじゃないの。

逆ギレって、なにその、今度はこっちが怒っちゃって困っちゃったな俺、みたいな言い方は。

あのね、面倒かもしれないけど、言葉はなるべく正確に使うように心掛けた方がいいよ。
そりゃあ、お手盛りの言葉は、相手の心を惹き付けたり、責任を回避できたり、便利かもしれない。
でもね、いずれ、こいつの話は伝言ゲームだから信用できないな、ってなる。

言葉を選ぶ苦労を疎んじちゃ、駄目だ。

&
Iguazu - "The Insider : Music from the Motion Picture" Lisa Gerrard & Pieter Bourke, 1999

サンタオラヤの曲「イグアス」をいいなと思った人は多かったようだ。

映画「インサイダー」で最初に使用されて、その後、いろんな映画で使われた。
恐らく、映画「バベル」のバージョン(Deportation / Iguazu)が一番有名だと思う。
イグアスは、南米のアルゼンチンにある滝の名に因む。

1990年代のハリウッドには、一部で脱ハリウッドの動きがあった。
マイケル・マン、ポール・トーマス・アンダーソン、スティーブン・ソダーバーグ等々。
この辺りの映画は、サントラにも独特な切れ味があった。

そのサントラの選曲を参考にしながら、タワーレコードのあちこちを歩きまわっていたのが懐かしい。

Sacrifice - Lisa Gerrard & Pieter Bourke
Sacrifice - "Duality" Lisa Gerrard & Pieter Bourke, 1998

言葉を軽んじる奴と、CGで盛り過ぎのハリウッド映画は、雨で頭を冷やしてきなさい。

June 13, 2013

販促

そっちはなんかやらないの、と聞かれてやっと知った。

なんだか手作りのポップ(販促表示)がやたらに増えてきたな、とは思っていた。
惣菜コーナーの辺りなら「家族で観戦」、酒類コーナーの辺りなら「目指せブラジル」等々。
オーストラリア戦を数日後に控えた週末の話だ。

なんすかそれ、とは聞けない雰囲気。

先月下旬から数人の辞職と数人の採用が重なったこともあって、気がつかなかった。
盛り上がるなら何でも利用させてもらう商売だから、確かにチャンスを逃す訳にはいかない。
暫く「油揚げで応援」とか「牛乳で祝杯」とかのコピーを考えたものの、どうにも日配はやりように困る。

そもそも、スポーツに興味がないのがいけない。

強いて言えば、野球は観る。
ただ、それは、子供の頃からの日常生活の一部、という意味でしかない。
夏の夜になれば蚊取り線香の香りが漂っていたし、タクシーに乗ればラジオは野球中継だった。

ナイターという言葉は野球というよりも、晩御飯という印象だ。

&
"Baseball Issue" Bernie Fuchs, Sports Illustrated  1964

取り敢えず、冷凍の枝豆は追加発注した。

後は、精肉からサラミやハムなどを譲ってもらい、皿の銀トレーを用意した。
これに日配のチーズ各種をひとまとめにして、簡単なオードブルのセット品としてパックする。
普段なかなか捌けなかったり、価格を下げにくいチーズなんかもバラして混ぜてしまう。

こういう時、賞味期限の長い商品は助かる。

ただし、仮に売れなかった場合、元に戻せなくなると困るので加工(調理)は入れない。
そうして出来たテスト品をパートさん数人に見せると、特に可もなく不可もなく、いいんじゃない程度。
皆が盛り上がってる時に一人だけ無関心じゃありません、という義理は果たしたと思って平台に並べた。

実際の売り上げは、特に可もなく不可もなく。

New Lands - "Audio, Video, Disco" Justice

ドローの夜、この町で煩いのは田んぼの蛙だけだった。

June 11, 2013

工作

スタッフには、エプロンとウエストポーチが支給される。

エプロンは、店員であることをお客様に知らせる目印みたいなものだ。
電気屋さんのスタッフが店名入りのジャンパーを着ているのと同じ。
汚れやすいが、食品を扱うので、衛生的にも外見的にも汚れっぱなしという訳にはいかない。

ウエストポーチは、端末を入れておくのが一番の目的。
これに、マッジクやカッター、メジャーやセロテープといった諸々を一緒に入れておく。
店内に出ると、なんだかんだで切ったり貼ったりすることが多いのだ。

商品が目立つようにイメージキャラクターの等身大ポスターを立たせたり、傾いた特売フラッグを直したりする。

ある日、サントリーの米蔵金(埋蔵金ではない)のポスターを手直ししていた。
すると、あるスタッフが「この歳でダンボールの切り貼りかあ」とやたらに嘆いてきた。
笑いながら「エクセルと睨めっこするよりは気楽でいいじゃないか」と返した。

数日後、そのスタッフは辞職した。

ほとんどのスタッフが中途採用かパートだ。
いろいろな人間が集まるし、皆がそれなりに大人なので、そうそう本心を知る機会はない。
ただ、ダンボールよりも、エクセルの方が一般的に望まれるキャリアであることは知っている。

なぜ、人間を切り貼りする仕事をわざわざ望むのかは、知らない。

Black Crow - "Down the Way" Angus & Julia Stone

冷蔵室で、ウエストポーチのベルトを締め直そうとして腹を引っ込めた。

その瞬間に偶然、あるパートさんが入ってきて「あれ、ずいぶん痩せたじゃない」と言う。
笑いながら「一応、働いてますから」と返してベルトを締めた。
エプロンの中で腹回りをゆっくり緩める。

痩せた、ということにしておいた。

June 8, 2013

Techno 3

テクノ (Techno 2 / April 3, 2013)。

一個人のリスナーとして、音楽史の中でテクノの絶対的な起点を「ここだ」と言い切るのは難しいと思っている。

電子楽器は1970年代に入って急速に発達し、1980年代に入るとごく普通に耳にするサウンドとなった。
電子音楽はそれに伴ってジャンルが多様化し、1980年代の末期には個人レベルの製作も日常となった。
じゃあ、今の時代のこの曲はどうなんだ、と質問されたとしよう。

其レハ、未ダニ、ヨク Wa Ka Ra Na I。

ICH R U - "Out of the Black" Boys Noize

【 The late 1960s and early 1970s  】

昨年、小学校の高学年になる甥っ子の宿題を手伝った。

ランドセルに音楽の教科書があるというので、甥っ子が問題用紙と格闘する横でパラパラとめくってみる。
すると、史上最も有名なバンドの、史上最も不人気な曲が載っていた。
ビートルズで唯一のレゲエ・ナンバーと評される曲、オブラディ・オブラダ。

やるな、文科省。

Pattie Boyd, Tina Williams, Prudence 'Prue' Bury, Sue Whitman
George Harrison, Ringo Starr, Paul McCartney, John Lennon
"A Hard Day's Night" Richard Lester, UK 1964

頭を撫でられているジョージ・ハリスンは、頭を撫でてくれているパティ・ボイドに一目惚れだった。

この写真から数年後、二人は結婚する。
そして、メンバーたちの関係は急速に悪化していき、1970年に事実上の解散となった。
この頃、最も精力的あるいは真面目に、音楽について考えていたのが一番目立たないジョージだった。

彼は、高価な電子楽器を次々に購入するようになった。

また、パティがインドの文化や宗教に傾倒すると、誘われたジョージはパティ以上にのめり込んだ。
サイケデリック(Psychedelic)な世界こそ未来に相応しいと信じられていたのだ。
現地のグルから直伝された瞑想法によって得られる神秘体験は、彼にドラッグ以上の意味を与えた。

最先端の電子楽器やインドの宗教音楽など、新たな可能性を求めるのはごく自然な成り行きだったと思う。

No Time or Space - "Electronic Sound" George Harrison

演奏時間が異様に長かったり曲間がはっきりしないというのは、それ自体が当時の実験的な試みだったからだ。

当時、メジャーになったブリティッシュ・インベージョン(British Invasion)は巨大な流行のジャンルだった。
しかも、途方もない金額の富がもたらされれば、大抵の人間が保身を計るのは仕方がない。
プロダクションが涎を垂らす元ビートルズという肩書に、彼は彼なりに抗おうと必死だった。

この頃から、ブリティッシュ・インベージョンに甘んじる者と抗う者が、明確に別れていくようになる。

Genesis - "Electronic Meditation" Tangerine Dream

【 Progressive Rock 】

1960年代の末頃から1970年代にかけてプログレッシブ・ロック、いわゆるプログレが誕生する。

コンサバティブ(保守的)な音楽を解体したり融合したりして、プログレッシブ(先進的)な音楽を試みた。
主に欧州のイギリス、フランス、イタリア、オランダなどで盛んになり、特にドイツは群を抜いている。
それを指して、揶揄気味にドイツ語のキャベツに因み、クラウトロック(Krautrock)などとも呼ばれた。

これがロックなのか、と疑問に感じるのは現代人の感覚で、当人たちはこれこそロックだ、と考えていたのだ。

Amboss - "Ash Ra Tempel" Ash Ra Tempel

ヨーロッパには伝統的に、悩んだり困ったりしたら東へ行け、というオリエンタリズム(東洋趣味)がある。

サイババに手をかざしてもらって肉食を断てば、神の精神と宇宙の真理に到達できると信じて疑わない。
単なる勘違いなのだが、これは東方各地の民族音楽を再発見、あるいは再評価するきっかけとなった。
また、そういう歴史に埋もれてしまったサウンドを自由自在に再現する手段のひとつに、電子楽器があった。

こちらもオクシデンタリズム(西洋趣味)で汲々としていたのだから、お互い様ではある。

Ebene - "Irrlicht" Klaus Schulze

まだ大半の電子楽器が、楽器というよりも科学の実験装置に近かった頃。

プログレの理念には賛成だが、その実験的過ぎる方法論には疑問を持つ、という連中が出始める。
これを指して、一個人のリスナーは勝手に「1970年代の三方分派」と呼んでいた。
録音したカセットを整理していた頃は、そういう適当な雰囲気だけで分類していたのである。

一つ目は「そのままの方向」。
シンセサイザー・ミュージックという王道へ至り、クラッシック音楽と変わらない権威的なスタンスを確立する。
教授か仙人かといった雰囲気のミュージシャンが多く、間違っても破れたジーンズなど穿かない。

二つ目は「重い方向」。
ヘビィメタルやパンクロック、ノイズ・ミュージックなど、電子楽器の重く歪んだサウンドから派生したジャンル。
ミュージシャンの交流に関係なく、ファンはお互いのジャンルを意識しつつも絶対に認めないという特徴がある。

三つ目は「軽い方向」。
ポップやダンス、ジャズやフュージョンなど、いわゆるニュー・エイジやエレクトロのジャンル。
破れたジーンズを穿いてもよい気軽さがある分、そのジャンルは雑多で多岐にわたる。

クラフトワークはメンバーが「くっついたり離れたり」で定まっておらず、未だ瞑想中、じゃなかった迷走中だった。

Hallogallo - "Neu!" Neu!

例えば、あるバンドのある曲を気に入って、別の曲を聴いたら同じバンドとは思えない、という経験があると思う。

この時期のプログレが正にその通りで、無数のミュージシャンが無数の集合離散を繰り返した。
同じバンドでも、アルバムによってメンバーが全く異なり、音楽の方向性が明後日を向く、ということが珍しくない。
従って、同じバンドのアルバムでも、リリースした時期によって公式か否か、といった混乱が生じやすかった。

面白いのは、ジャンルという固定概念を嫌った彼らの音楽が、新しいジャンルのアイデアになっていくことだった。

Moonshake - "Future Days" Can

【 Note 】

ある日、ある授業中、あるアメリカ好きの先生が、ジョン・レノンについて語りだした。

シンシアは純朴で、籠絡したのはヨーコで、故にジョンの正義は堕した、ということだった。
そのジョンも含めて、パティ・ボイドはジョージとの結婚後も様々なミュージシャンからアプローチを受け続けた。
その一人に、電子楽器についてジョージに相談していたエリック・クラプトンがいる。

フレディ・マーキュリーが「エレキ(Electric Guitar)は認めるが、エレクトロは認めん」と怒る時代だ。

クラプトンがギター・シンセサイザー(Guitar Synthesizer)を手にしたことは、賛否両論になった。
ヨーロッパの音楽というのは常に柔軟に変化しているが、その動きは細かく限定的な傾向があると思う。
一方で、アメリカの音楽は変わる時は大きく変わるが、基本的には保守、という気がする。

エレキとギター・シンセサイザーは外見が似ているが、構造は違う。

クラプトンはパティの面影がある妹、ポーラと付き合うようになる。
しかし、それでもパティを諦めきれずに「愛しのレイラ」を作曲。
歌詞の意味に気付いたポーラからは、絶縁状を叩きつけられた。

そのパティとの再婚生活も破綻、直後に手にしたのはアコースティック・ギター(Acoustic Guitar)だった。
電子楽器の登場と発達は、相対的に、従来の楽器の存在意義をも高めることになった、と思う。
アンプラグド(Unplugged)とは「プラグを抜いて」、楽器への電気的および電子的な介在が一切ない状態を指す。

何を想う、クラプトン。

&
Layla - "Unplugged" Eric Clapton

今更ながら、石を投げられる者などいないってことですよ、先生。

Techno 4 / October 27, 2013 )