駄目だ駄目だ、やめとけやめとけ、文化系は。
ニュース見てみろ、「次はスポーツです」はあっても「次はカルチャーです」はないだろ。
結構毛だらけ猫灰だらけ、お尻のまわりはクソだらけで世の中は体育会系だらけときたもんだ。
だから、文化系だけはいけねえよ、おいちゃんはそう思うな。
Sketches from Cycle de Marie de Médicis Peter Paul Rubens, France 1621 - 1622 Oil on wood, approx.50 x 64 cm Musée du Louvre |
パッと眺めた時、左回りと右回りなら、人間の目は右回りを好む傾向があんだよ。
まず右上で、下界を眺める視線で右回りってことを促してんのが、ユピテル(希:Γιούπιτερ 英:Jupiter)王。
ティターンズ(神々)の中でもやることなすこと一番デカいっつんで、一番大きい惑星がジュピターなワケだ。
ユピテルにしなだれてんのは男を奮い立たせる天才、ユノ(希:Γιούνο 英:Juno)妃。
男が頑張るっつったら、やっぱ美人でお洒落じゃなくちゃねってことで雑誌はジュノン(仏:Junon)なワケだ。
この二人の下にいる三人の女神が、なんだよ、その前にこの鳥はなんなのって、お前こういうのは気付くんだな。
これはユピテルが世を忍ぶ仮の姿で、鳥になって飛び回って浮気しまくりで、まあなんだ、子供にゃまだ早い。
それで、右の大部分を占める三人の女神は、エアギターやってる最中のワケねえだろ、よく見ろよ。
糸を紡いんでんだよ、なんの糸って運命の糸だよ、俺たちの人生、寿命、運命はこの女神たちが決めてんの。
最初にな、下にいる長女のクロートー(希:Κλωθώ 英:Clotho)がいろんな糸巻き棒を選んで紡いでく。
お喋り好きで、噂話だろうがなんだろうが見聞きしたことはどんどん紡ぐもんだから、いろんな糸ができる。
ほら、ユピテルやユノの会話を興味津々な顔で見て、自分の手は見てない、真っ直ぐにならんワケだ、人生は。
クロートーが紡いだ糸をチェックするのが、中央にいる三女のアトロポス(希:Άτροπος 英:Atropos)だ。
手元をしっかり見て真面目に仕事するんだけど、人間からしたら融通がきかなすぎて文句も言いたくならあな。
ハサミを持ってることも多くてな、ここで生まれてチョッキン、ここで死んでチョッキン、はい寿命ってことだ。
最後に、上の方で仕上がった糸を誰に渡すか思案中なのが次女のラケシス(希:Λάχεση 英:Lachesis)だ。
適当すぎる長女に真面目すぎる三女、ちょっと待ってよみたいな困った顔しつつ口を閉じてるだろ、優秀不断だな。
あら、善人にあんな短い糸を渡しちゃったけど、まあ仕方ないわね、時間は止まってくれないもの、運命ですから。
よし、それじゃ絵の左側にいくぞ。
まず、長い髪のお姉ちゃん、いやこれ人妻なんだけどな、彼女を翼の生えた爺様が連れ去ろうとしてる。
そう、人の妻ってことは女神じゃない、まあな、半神半人みたいな登場人物も多いからな。
人間が神様になったり、逆だったり、神話ってのはそういうもんなんだよ気にすんな。
そこでだ、この人妻と爺様のペアは二組描かれてるだろう。
手前のペアはハッキリ描かれていて筆遣いもしっかりしてるが、それに比べて奥のペアはどんな感じだ。
奥行きとか遠近感つーよりも、結構テキトーに描いてるだけじゃねえのって気がしないか。
爺様はどっちもタナトス(希:Θάνατος 英:Thanatos)で、A案かB案か、てことだな。
彼は運命の糸に従って寿命が尽きた奴をあの世へ連れて行くんだ、それで翼が生えてる。
手前のタナトスは上を見て、奥のタナトスは下を見てる、まだ絵描きがかなり迷ってるんだろうな。
迷ってるのが一番よく解るのが、連れ去られようとしてる人妻の描き方だ。
手前の方は素ッ裸だが、奥の方はドレスみたいな服を着てる感じで描いてるだろ。
手前の素ッ裸の方は、アルケスティス(希:Άλκηστις 英:Alcestis)だ。
タナトスがあの世に連れ去った人間の中で最も悲運の女性だな、彼女は夫の身代わりで死んでるからな。
まさに後ろ髪引かれるってやつで、ほら、俺たちにも何か訴えたそうじゃないか、彼女とは目が合うしな。
それでなんだが、奥のドレスを着てる方は諸説あって、服を着てるってことは現実にいた誰かなんだ。
例えばお前が知ってる誰か、あるいは知ってた誰か、実際にいる人間を描くとしたらどう考えると思う。
あの世に連れ去られる不吉な出来事を絵描きに頼むなんて、よっぽどだろ、だからまだ曖昧なままなのさ。
息切れしてきたが、最後、左上だな。
左のオバサン、そうだよ人間だよ、マリア・デ・メディチ(伊:Maria de' Medici)だ。
知らない、当たり前だ、特にこれといった話は残してないのにチョ~有名人だからな。
イタリアのチョ~名門メディチ家のお嬢様にして、嫁ぎ先のフランスをチョ~引っ掻き回したんだ。
彼女には5人の子供がいて、その一人が右にいるフランス王、ルイ13世(仏:Louis XIII)だ。
彼は青年になると、反抗期の反乱軍を率いて血で血を洗う、内戦という名の壮大な親子喧嘩を始めるんだ。
もしかしたら、さっきのドレスを着た誰かってのは、実姉のイザベルあたりかもな。
でまあ最終的に、母親のマリアと子供のルイ13世は和解するんだ。
マリアは和解の記念に、自分の生涯を絵画として遺し、新築しちゃう宮殿に飾ったらどうかしら、と考えた。
タイトルは彼女の名前をフランス語読みして「マリー・ド・メディシスの生涯」(仏:Cycle de Marie de Médicis)。
この、単なる親子喧嘩の歴史をどうやって宮殿に相応しい崇高たる絵画に仕上げるか。
そこで、目玉の飛び出るギャラで雇われたのがピーテル・パウル・ルーベンス(蘭:Peter Paul Rubens)だ。
マリア本人は大スポンサーだから、彼女の意見は無視できない。
侍従や宮廷画家たちはいわば仕事繋がりの同業者だから、彼らの意見も無視できない。
ルーベンスの記録は絵描きというより、どっかの中小企業の社長の愚痴みたいになってるな。
マリアの姿は和解や調和の女神、ローマ神話のコンコルディア(羅:Concordia、仏:Concorde)だ。
もともとはギリシャ神話のハルモニア(希:Αρμονία 英:Harmonia)でな、正に息子とハモった象徴だろう。
ルイ13世は格好からしてそのまんま、ギリシャ神話のヘラクレス(希:Ηρακλής 英:Heracles)だな。
和解の贈答品として、柊の王冠に囲まれた献酒杯、いや母親という女性だから香油瓶にしたんだろう。
下書きのサイズは10号か12号くらい、縦にしたA3用紙を横に2枚並べたくらいだと思ったけどな。
完成品はデカいよ、そりゃ宮殿に飾るんだもの、デカくもなるよ。
下から見上げた時にちゃんと見えるようにパースをつけて、明かりの入る窓の間取りなんかも考慮しただろうな。
天井から床まで、壁面や柱に合わせて画面を分割して、高さはメートル単位だったと思う。
それでやっと、世を統べる神々の王や運命の糸はいたずらにも・・・と、彼女の生涯が始まるワケだ。
Les Parques filant le destin de Marie de Médicis - Cycle de Marie de Médici Peter Paul Rubens, France 1621 - 1625 Oil on canvas, approx.394 × 160 cm Musée du Louvre |
招かれた客はいろんな神話になぞらえたマリアの生涯を20枚くらい、あれ25枚だっけ、鑑賞していく。
お前な、それ全部話したら、どんだけ時間がかかると思ってんだ。
当時の世界の富を独占してた貴族が神話と歴史をこれでもかってくらい詰め込みまくった絵なんだぞ。
もう最後だ最後、あの世からの使者の掟にも打ち勝ち、私と息子は和解したのでした、めでたしめでたし、と。
あの下書きは、映画ならオープニングとエンディングを最初に決めた草稿ってことだな。
Le triomphe de la Vérité - Cycle de Marie de Médici Peter Paul Rubens, France 1621 - 1625 Oil on canvas, approx.394 × 160 cm Musée du Louvre |
いいかい、穴のあくほど見る、っていうじゃないか。
見て、見て、見ると、本当に穴があく。
するってえと、穴の向こうにいろいろあるのが見えてくる。
だけどな、それだけ見るってことは辛くもあるから、節穴くらいの方がよかったりするもんなんだ。
だから、美術部だけはやめておくんだぞ。
Let It Happen - "Currents" Tame Impala Modular Recordings |
じゃ、おいちゃんはハローワークに行ってくるから。