現時点で、無職。
昨年の9月末頃から本格的に就職活動をしているが、どうにもこうにも。
贅沢な話なんだが、応募したいと思う会社はあまりない。
身の程知らずだとは思っている。
それでも何社かに履歴書を送り、時折、面接の連絡がある。
シャツにアイロンをかけ、スーツの埃をはらい、靴を磨く。
床屋に行き、風呂に入り、無精髭を剃る。
提出書類を揃え、想定問答を考え、最寄駅を地図で確認する。
やる気満々です!という笑顔を鏡の前で練習する自分の姿。
「素晴らしいプレゼンテーションでした。
しかし、我々の財団は実験的な研究プログラムには出資していないのです。
正直に言って、これはサイエンスというより … サイエンス・フィクションなのでは?」
「サイエンス・フィクション … ですか。
解かりました。
つまり、狂人だ、と。
いえ、それよりも最悪な、馬鹿げた話だ、と。」
National Science Foundation - "Contact" Robert Zemeckis
写真、か。
10月下旬、怪しい話だと思いつつ携帯を切った。
どこでどう繋がったのか、11月初旬から約一ヶ月間の短期契約を結びたいという話だ。
先方は、日本橋の某所にスタジオをオープンしたいという。
スタジオはおろか写真の「しゃ」の字も知らないから、いろいろ教えてくれというのだ。
資本はあるらしい。
東京の一等地で、全く知識のない人間が異業種に新規参入して起業する。
資本を力説されても信じろというのが無理で、聞けば聞くほど怪しい話だ。
申し訳ないんだが、本業はヤクザなのではないかという疑いまで持った。
まあ、そもそも写真がヤクザな稼業なのだが。
明日の夜までに返事が欲しいという。
誰と巡り会うかなんて、神様だって知らない。
「どうぞ、ここ空いてますよ」
Excuse me. This seat's available. - "Anger Management" Peter Segal
勤務初日。
まず、スタジオの機材を揃えなければならない。
いろいろと説明した後で、露出計の注文をあるスタッフに頼んだ。
翌日、アマゾンから照度計が届いた。
自分以外は誰も何も知らないから仕方がない。
型番ひとつに至るまで、いちいちメモして渡すようにした。
ラチチュードなんて素っ飛ばそうと思ったが、照明を使う以上、避けて通れない。
拡張子はおろか、そもそも JPEG という単語が初耳だという。
画面サイズが乱立しているこの時代、ますます混乱させる標準レンズの概念。
この状態から後10日間で仕上げなければならない。
どんなオーダーでも受けられるスタジオに仕上げなければならない。
スタッフだけで何でも撮影できる状態に仕上げなければならない。
10日間で?
だって、10日後にはオープン初日がやってくるんだもの。
そりゃ、言葉も荒くなる。
「なにやってんの、ママが台所で晩ゴハン作ってんのとは違うのよ!」
「なによこれ、常に整理しながら作業しろって言ったでしょ!」
「なんて恰好よ、脇を締めて袖は捲るのよ!」
「違う違う違う、創作料理なんて先の先、まずはレシピを忠実に守るのよ!」
「いいパンを選別する方法は、見た目でも香りでもでもなく、音よ。」
「最高の食材を手に入れたいなら、誰よりも先に市場へ行くか、でなきゃ賄賂よ。」
「解かった? つまりシェフは、海賊くずれのアーティスト集団なのよ。」
Keep your station clear, or I will kill you! - "Ratatouille" Brad Bird
切ない気持ちは、複雑だ。
スピルバーグという監督が、スピルバーグという記号になってしまってから久しい。
非難している訳じゃない。
名のある人の元に、人は集まる。
これは仕方がない。
初期の作品には、彼の性格や感情が滲み出るようなシーンがあったと思う。
それは時に、演出やテクニックを越えたものだった。
ドル箱という言葉と共に、あの「切ない気持ち」は何処かへ消えた。
スタジオの窓から陽が射し込んでいる。
手元にあるグラスの淵で屈折し、テーブルに落ちる光芒が虹色に広がる。
RGB の見本のような現象だと話すと、こちらを見るスタッフの顔が怪訝な表情になった。
切ない気持ち、だ。
「パパのこと、やっぱり変だと思うかい?
でも、大丈夫だよ、パパは。
感じるっていうか、言葉にならないっていうか … 何か重要な意味があるんだよ。」
It's okay, though. I'm still dad. - "Close Encounters of the Third Kind" Steven Spielberg
約一ヶ月が経過した12月上旬、再び無職の身となった。
古代ギリシャ語の Stadion (スタディオン)は距離の単位で、およそ 185m を指す。
この単位で設計された競技場が、ラテン語になって Stadium (スタジアム)と呼ばれるようになる。
同じ志を持った者が勤勉に学び、切磋琢磨する場所。
次第に、美しさや技巧を競う職人たちの工房なども意味合いに含まれるようになった。
これが Studio(スタジオ) の由来である。
スタッフたちは頑張ったと思う。
どんな状態であっても、巣立つ時は巣立つ。
やる気があるというのは素晴らしいことで、それ自体が若さそのものなのだ。
自分は伝えるだけ伝え、見送る側に徹した。
後は彼らの世界だ。
さて、適当に検索していたら、懐かしい作品がリストアップされてきて驚いた。
アリー・シーディだ。
初見は「ウォー・ゲーム」だった(と思う)。
冷戦の恐怖なんかよりも、こんなガールフレンドができたら最高!と思って観ていた。
検索された「ブレックファスト・クラブ」の物語は、土曜日の高校が舞台。
補講に呼び出されて図書室に集まった5人の生徒の一日がコミカルに描かれる。
誰もが、何らかの事情を抱えた問題児だ。
学年もクラスも異なるから、補講を受けなければならない理由は皆がお互いに知らない。
ふてくされる5人に、先生は反省文を書くように命じる。
ちなみに、この先生が「悪い先生ではないが、良い先生でもない」というのがポイントだ。
先生だって人間だから、土曜日に仕事というのは面白くない。
どうせ書けないだろう、そして、どう書いても正解なんてない、という感じで適当にお題を決める。
反省文のお題は「自分とは何か」。
案の定、誰も筆が進まないから、自然と雑談になる。
そして、この5人は雑談の中でお互いの身の上を話すことになる。
アリー・シーディは生徒の一人、自閉症気味の女の子、アリソン役を演じた。
パンにシリアルスナックを挟んで食べ、「大人になると心が死ぬの」と呟いていた、アリソン。
君は、どんな大人になったんだろう。
Lunch time - "The Breakfast Club" John Hughes