October 31, 2014

FILE 538


 This story has been prepared for you, may successor,
 これはやがて訪れるであろう後継者、
 who should be visiting this room in due time.
 つまり君のために用意された物語だ。


"Mystery Article FILE 538" Mamoru Oshii
Network Frontier 1987

私は高校生くらいまで、地元で開催されるコミケに作品を持ち込むようなアニメオタクだった。

17歳の時、自宅に初めてのビデオデッキが備え付けられた。
ビクター製のVHSデッキで、今では信じられないが、音声はモノラル再生のみである。
最初に買ったビデオ作品は、押井守監督の短編「迷宮物件 FILE 538」だった。

近所の何処にも、まだレンタルビデオ店は存在しておらず、観るには買うしかなかったのである。


"Mystery Article FILE 538" Mamoru Oshii
Network Frontier 1987

所謂、OVA(Original Video Animation)と称されるジャンルの、初期作品群のひとつだ。

テレビという収益性と公共性が最重視されるメディア以外で、もう少し作家性を重視した発表の場を作れないか。
そういったアニメ関係者の不満と欲求が、ビデオデッキの普及と共にOVAという形態の登場に嵌ったのである。
この「迷宮物件 FILE 538」は本来、一話完結のスタイルを採ったOVA「トワイライトQ」シリーズの第2話にあたる。

その内容が注目された後、シリーズとは別に単独で発売されることになった。


"Mystery Article FILE 538" Mamoru Oshii
Network Frontier 1987

しかし、家族全員でこちらへ引っ越してくる時、私はこういった「物」を全て捨てる。

新しい土地にやっと馴染み始めた頃、手塚治虫が死んだ。
宮崎駿はコメントを求められ、尊敬するでもなく馬鹿にするでもなく、「自分にとっては闘う相手だった」と述べた。
これは、宮崎の企画書や随筆をまとめた記録集「出発点 1979-1996」でも別の言葉で綴られていたと記憶する。

手塚の影響からどうやっても逃げられない、それを断ち切るためにどれだけ苦労したか、と。


"Mystery Article FILE 538" Mamoru Oshii
Network Frontier 1987

押井はこの作品の3年前、既に長編を手掛けている。

1984年の映画「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」だ。
原作者の高橋留美子から「私の作品ではなく彼の作品」との微妙な評価を、まあ、気に入らなかったのだろう。
この映画で押井は初めて宮崎と本格的に対談するが、お互いに「つまらん」と「くだらん」で応酬するだけだった。

ただし、そのくらいでないと「自分の作品」にならない、ということだけは理解できた。


"Mystery Article FILE 538" Mamoru Oshii
Network Frontier 1987

私が全ての「物」を捨てたのは、若気の至りだったとしても、結局それだけのことである。

どこかで読んだような話、どこかで見たような絵、どこかで聞いたような歌、どこかで誰かがやっているようなこと。
何かを創ろうとする人間は、何かの物真似であることに気付いた時、何かから逃げようと必死になる。
集めた「物」は、自らを慰める「好きな物」ではなく、自らを殺めかねない「嫌わねばならない物」ではないのか。

青二才なりに、自らの足枷を外そうとしていたのだと思う。


"Mystery Article FILE 538" Mamoru Oshii
Network Frontier 1987

25年以上も前の話だ。

もう一度観てみたいと思うことは何度かあった。
しかし、物理的に、二度と観ることはできないだろうと思って期待もしていなかった。
もし、これを読んでいる、クリエイティブな世界を目指す若い人がいたとしたら、覚悟して欲しい。

断っておくが …

Mystery Article File 538 - "Twilight Q - Episode 2" Mamoru Oshii, St : Kenji Kawai, JP 1987
Model sheet: Katsuya Kondou, Animation : Shinji Otsuka, Art : Hiromasa Ogura
"Mystery Article FILE 538" Mamoru Oshii
Network Frontier 1987

 From this point onward, there is no turning back.
 ここから先は、引き返し不能だ。