それは米国産のアニメ大作で当たり前のようにCGが使われるようになった時期からだ。
子供が対象の作品では、各国語の吹き替えと同時に、映像内の英文も翻訳されるようになった。
幼い子供でも楽しめるように、例えば標識に書かれた「Keep Out」(立入禁止)は「入るな」といった具合である。
こういった差し替えが簡単にできるのは、CGで制作されたデジタル映像ならではの利点だろう。
"Toy Story 3" Lee Unkrich Walt Disney Studios Motion Pictures |
先日、ある映画の続編を観ていて、こりゃあ上手い、と思う翻訳があった。
観て損はないと思うので粗筋は割愛する。
ピアー・コフィンとクリス・ルノーが監督した映画「怪盗グルーのミニオン危機一発」(原題:Despicable Me 2)だ。
主人公の怪盗グルーが潜入するカップケーキ屋さんが「ベイク・マイ・デイ」(Bake My Day)という店名なのだ。
イーストウッド演じるダーティー・ハリー刑事の名台詞「メイク・マイ・デイ」(Make My Day)のもじりである。
「メイク・マイ・デイ」(Make My Day)は直訳すると、そのまま「私の日を作る」でしかない。
実際の意味合いは「良き一日」で、そうなったのは何々のお陰ですといった謝意を示している。
ハリー刑事はこれを皮肉って、人質に銃口を突き付ける犯人に向かってこう言い放つのだ。
「ゴー・アヘッド、メイク・マイ・デイ」(Go ahead, Make my day)。
「ゴー・アヘッド」は「さあやれ」で、「人質を撃ってみろ」という意味。
お前(犯人)が人質を撃つなら、俺(ハリー刑事)も躊躇なく引き金が引ける。
お前を撃ち殺せるってんなら、俺にとっちゃ今日は嬉しい「メイク・マイ・デイ」になるだろう。
つまり、名翻訳となった「やれよ、楽しませてくれ」である。
This is one taken on the set of "Dirty Harry 2: Magnum Force" by director Ted Post, 1973. Warner Bros. |
今、歳相応の自然な成り行きとして、1970年代生まれの映画監督たちが活躍している。
必然的に、同世代なら知ってるでしょ、という元ネタが多くなる。
オマージュでもリスペクトでも、まあ、百歩譲って巧妙悪辣なプレジャリズム(盗用)としても、だ。
皆が憧れた元ネタは、クドいと嫌味になるので匙加減にセンスが出る。
誰も元ネタに気付かなくても映画そのものには支障がない、というくらいのサラッとした隠し味程度が丁度いい。
さてそこで、カップケーキ屋さんの「ベイク・マイ・デイ」(Bake My Day)である。
最近の日本語版では珍しく、映像内の店名は和訳されておらず、英語表記のまま写る。
ダーティ・ハリーを知っていればクスッとできるので、それなりに歳を食った映画好きへの配慮だと思いたい。
問題は、この洒落た英語の店名をどう和訳して、どう字幕で読ませるか、である。
「ベイク・マイ・デイ」(Bake My Day)を直訳すると、「私の日を焼く」。
おっと、子供たちにも理解しやすいように、という点も忘れてはいけないんだった。
焼きたてのカップケーキを食べれば、今日のあなたは天国行き。
翻訳家は相当苦労したと思うので、残念だが、ここでは店名の字幕は伏せておくことにしよう。
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"Despicable Me 2" Pierre Coffin & Chris Renaud Universal Pictures |
文法的な正確さよりも、雰囲気の正確さがマッチした、バランス感覚のある和訳だと思った。