May 9, 2013

天狗

まだ寒いのかよ。

マフラーを取りに一旦部屋に戻るか迷ったが、そのまま玄関の鍵を閉めた。
もう五月なんだから、いくら田舎の夜中でも歩き出したら体が温まるだろう。
そういえば、あるパートのおばちゃんは六月になるまで炬燵を仕舞わないと言っていた。

出掛けの寒さに面喰らったせいで、記憶が飛んだようだ。
カーペットのスイッチを切ってきたかどうか、どうしても思い出せない。
一応、お袋にメールしておこうと携帯を手にしてみたら、圏外だった。

久しぶりに見た、圏外。

Thrift Shop - "The Heist" Macklemore & Ryan Lewis

メールは国道付近に出たら送ることにして、タバコとライターを取り出す。

タバコを口に咥え、火を付けようと俯き加減になった時、風を切ったような気がした。
なんだろう、と仰いだ顔に向かって、何かが突っ込んでくる。
そこが道なのか用水路なのか田んぼなのかも構わず、悲鳴と一緒に飛び退いた。

遠くの街灯や星空の瞬きを遮りながら、真っ黒な空中を濃い灰色のシルエットが遠ざかっていく。
あれは多分、梟だった、そう梟だ、絶対に梟に違いないよと言いながら立ち上がる。
飛び退いた先が道であったことに安堵しつつ、ライターは何処かへ放り投げたらしい。

本当の夜は彼らの世界、か。

Obedear - "Shrines" Purity Ring, Artwork : Kristina Baumgartner

鍵に小さな懐中電灯を付けているが、ライターは捜さなかった。

時間がなくて遅刻してしまうから、ではない。
本当に真っ暗な中で道端に放り投げたライターを捜す、というのは想像以上に難しいのだ。
整備された歩道なら話は別かもしれないが、この辺りはアスファルトであっても大半が雑草で覆われている。

それに、全ての生き物が大きい。
スズメかと思ったら大きなガだったり、サソリかと思ったら大きなクモだったり、まるで野生の王国だ。
真っ暗なのも怖いとは思うが、もし懐中電灯で何かを照らし出してしまったら、と思うともっと怖い。

国道に向かう足が、少し早くなった。

Play Hard - "Nothing but the Beat" David Guetta

きっと今頃、手に入れたライターで一服してるに違いない。