July 25, 2012

芝居

高校生の時。

クラスメートに演劇部の女子が一人いた。
放課後、美術部の隣が演劇部の教室だったので、彼らが台本を読む声はよく聞こえた。
その中で、一番よく通る声が彼女だった。

 Katz's Delicatessen - "When Harry Met Sally..." Rob Reiner


演劇部が舞台で使う大道具や小道具の制作を、美術部が担当することもあった。

そんな時、お互いにクラスメートだから話しやすくて話すが、それだけである。
これといって好きや嫌いということはない。
彼女は、ごく普通の子だった。

 Tessellate - Alt-J ∆, Vo : Joe Newman, Mv : Alex Southam


しかし、彼女は教室でも部室でも浮いた存在だった。

演技力があったからである。
学年や男女に関係なく抜群の、いや、異様と言ってもいいほどの演技力だった。
思春期の集団心理に均衡などなく、常に偏るその反対側に、彼女はいた。

 Obsessive-Compulsive Disorder - "Matchstick Men" Ridley Scott


舞台道具の制作を手伝っている時、顧問の教師がこう呟いたのを覚えている。

もう少し抑えるように言え、と。
彼女にあまり本気を出して演技しないように誰か言ってやってくれ、という意味である。
教師も生徒も、彼女の演技を脚本と配役の中でまとめる力量を持っていなかった。

 Go - Delilah, Vo : Paloma Stoecker, Mv : Patrick Killingbeck


情けない。

派手な身振りとか大きな声とかではなく、本物の演技。
これをまともに受け止められる人間がいなかった。
あの日、あの時、彼女の演技は凄いんだと口に出せなかったことを、本当に、情けなく思う。

 My deepest sympathies, Ma'am. - "In the Valley of Elah" Paul Haggis


組織の力学は、何処も皆同じだ。

論も法もない、慣れ合いの芝居。
上も下も、右も左も、前も後も、中も外も、気持ち悪い。
せめて、今、彼女が存在すべき場所に存在していることを願う。

 Remembrance - Balmorhea, Gu: Rob Lowe, Ba: Michael Muller, Vi: Aisha Burns, Mv: Jared Hogan