November 10, 2012

待機

ガムテープが5本、達磨落しみたいに積まれていた。

その5本を前にして、2人の正社員が怒鳴りあっている。
一方は「これだけの人数の机に対して5本しか頼まないのは認識不足だぞ」と主張。
もう一方は「使用目的や発注本数に関する具体的な指示はなかったぞ」と主張。

怒鳴りあいの周辺にいる連中はシーンと黙ってモニターに向かい、背中で2人の様子を見守っている。
その更に周辺にいる連中はモニターの間からコッソリと窺って、ヒソヒソ囁いている。
いい加減、誰か止めに入ったらどうだ、とか、上司を呼んで来い、といった声が聞こえはじめた。

某保険会社で入力のみ担当する部署のフロア。
このフロアだけで、数百名の派遣社員が数社から掻き集められている。
入力の元となる申込書類が相変わらず届かないので、派遣社員は昼寝同然の待機状態だ。

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先日から、この保険会社は仕事のない数百名の派遣社員に対して賃金を支払っている。
賃金1人1日1万円として、毎日の昼寝代に数百万円が消えているようなものだ。
なんでもいいから、とにかく仕事をさせろ、ということになった。

まず、机と机の間にある隙間をガムテープで目張りせよ、という「重要」な業務命令が下された。
派遣社員の数百名は、10名を1単位のチームとして、5名2列の向きあいで机を並べている。
この並べた机の隙間に、申込書類がストンと落ちてしまうことがあるのだ。

謄本や証明書の原本が入っていたりするので、紛失は御法度。
それでも、なくなる時はなくなり、大切な書類に限って何故か行方不明になってしまう。
今日中に全ての机の目張りをするはずだったのに、先程のガムテープが5本になってしまったわけだ。

「でも、数名分の仕事に対して数百名の派遣社員が問題にならないのに」と、向かいの席の50代の女性。
続けて「5本のガムテープであれだけ本気で怒鳴りあえるって、凄い会社だよね」と呟いた。
その隣の席で「駄目ですよ、聞こえちゃいますよ」と笑いを堪え切れない20代の女性。

「Type with one finger さん、ガムテープ1本、先に取ってきちゃってよ」と隣の同世代の女性。
「よし、じゃ、いっちょ取ってくるか」と、席から立ち上がる仕草をしてみせるだけの自分。
「あの怒鳴りあいの前で、ホントに1本取ってきたらタバコを奢ろうじゃないか」と隣の60代の男性。

タバコですか、いいですね、何箱ですか。
3箱でどうだいと言われ、更に隣の同世代の女性が今週の休憩時間は毎回コーヒー1杯を奢ると言ってきた。
よし、約束ですよ。

ネクタイを締め直して、席から立ち上がった。

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席から立ち上がり、怒鳴りあってる正社員2人の方へ歩いていく。
目の前まで歩くと、邪魔にならないように腰を屈めて横切り、側のドアから部屋を出た。
トイレに行きたかっただけで、もともとガムテープを取るつもりなんて、あるわけない。

小便をしていると、先程の60代の男性が隣に立った。
ま、そういうオチだとろうと思ったよ、と笑いながらの連れ小便。
どうやら本当に埒があかないらしく、派遣社員の全員に休憩の指示が出たと教えてくれた。

休憩室の食堂に向かうと、先に来た女性陣が席を取ってくれていた。
座りながら、再びトイレのオチについて突っ込まれる。
あの状況でガムテープを取れる奴がいたら、多分それって大物か狂人ですよ。

まあそうですよねえ、と20代の女性。
この時間に休憩っていうことは、休憩が終わったら続けて昼休みになっちまうぞ、と60代の男性。
待機だけってのも疲れるんだよな、と皆が溜息。

ハクナ・マタタ、でいきましょう。
これでいいんだってことでしょ、と同世代の女性。
ケ・セラ・セラなら知ってる、と50代の女性。

飢えたライオンと諦めた派遣社員、社会のジャングルにて。

Fatty Boom Boom - "Ten$ion" Die Antwoord