April 28, 2013

助詞

簡単な「てにをは」ですら、文法以上の意味を持つ時がある。

ただでさえ皮肉好きな国民性、そして推理小説の古典ともなれば、その細かいニュアンスは想像すらできない。
単なる助詞の使い分けにだって意味があるんだろうし、そこを見逃さないのが名探偵たる由縁だろう。
飛び道具ではなく、レトリックの応酬に優れた犯罪者は、確かに善悪だけで判断できない魅力がある。

ミスキャストは、被害者なき大罪だと思わないかね、ワトスン君。

Portrait of Sherlock Holmes - Sidney Paget, 1904

ミステリじゃなく、アクションと読み解けばいいんじゃないかな、ホームズ。

April 24, 2013

残響

夜になると、まだ寒い。

それでも先週末、まさか4月の中旬になって、マフラーを巻いて出勤するとは思わなかった。
しかも深夜の道中、いきなり黒い雨空にスピーカーのハウリングが木霊した。
この辺りの防災放送で、某所の火事に対する消防団の応援要請と近隣への注意の呼び掛けだった。

残響の中で吐く白い息が、雨粒に砕かれていく。

Ann-Margret & Elvis Presley - "Viva Las Vegas" George Sidney

ママは元気かい。

そうなんだ、うん、こっちも雨だよ。
でも、ずいぶん、お話ができるようになったね。
苺が大好きなの、そう、なんでも食べなきゃ。

おやすみ。

Blue - "Blue" Joni Mitchell

時間が一方向にしか進まず、不可逆なことを指して「時間の矢」という。

自然科学や物理学において最大の難問のひとつであり、現在でもその理由が全く解っていない。
時間に始まりはあったのか、終わりはあるのか、なぜ過去から未来にしか進まないのか。
時間が進む速度そのものも、実はよく解っていない。

ただし、時間の経過がいろいろな出来事を丸くしてくれるということだけは、人間が知っている。

"The Bad News Bears" Michael Ritchie, Wr : Bill Lancaster

それでいいんだよ、アマンダ。

April 16, 2013

錠数

ラテ、ラッテ、ラッティ、ラッスィ、ラッシー。

結局、牛乳系じゃん。
だったらエホバもヤハウェとかヤーヴェとかって細かく書いときゃいいだろ。
実際は、病院の受付が「矢葉上様」って呼んだら、誰かがイエスって返事するはずだよ。

マルゲリータは姫様で、マルガリータは彼女って、つまるところ女の名前だろ。
そうだよ、パスタも他所で食えば適当にマルガリエッタの何々とかマルグリット風とかくっつけてるだけだよ。
コーヒー・アンド・ミルクじゃなくて、意地でもカフェ・コン・ラッテなの、あ、そう。

お前って奴は、本当に負けず嫌いだよ。

"Tonight" Saint Etienne

そんなこと考えてるから、眠れなくなるんだ。

片頭痛だってんなら、さっさとアスピリン飲めっての。
言っとくけど、睡眠薬代わりっていうならアルコールには手を出すなよ。
手段から入る奴は、絶対に目的と逆転するからな。

コーヒー牛乳で充分だから。

"Mulholland Drive" David Lynch

駄目だ、やっぱり頭痛い。

どうする、錠数を増やすか。
でも、胃壁を守る薬と勘定が合わなくなってくる。
寝ないと、眠らないと。

考えないようにしないと。

Disappoint You - "Cheese On Bread" Studio MURMUR

無意識を、怖がるな。

April 14, 2013

読書

どこもそうなんだろうけど、Google もちょこまかと仕様が変わる。

その傘下にある Blogger と Chrome の相性がいいのは当然だから、その組み合わせでブログを作っている。
実は未だに IE をよく使ってるんだけど、 久しぶりにそちらから Blogger に入ってみて驚いた。
ポスト(左側縦列)に黒い線が入って、ガジェット(右側縦列)の枠はダブってるような感じで表示される。

最初はどちらのブラウザでもちゃんと誤差なく表示されてたんだけど。
テンプレだっていうから便利なんであって、HTML を掘り返していくのは面倒だ。
でも、誤差があるって一旦解ると気になるんだよな。

ちょっといじってみたり、バージョンを変えてみたりしたけど、直らない。
まあまた、ちょこまかと仕様が変わって勝手に調整してくれるようになるんじゃないか。
迷った挙句、今回は特に何もしないことにした。

それに、いつか再び凄い人が現れて、全てをなんとかしてくれるだろう。

Steve Jobs and Bill Gates - "The Future of the PC" Fortune Magazine 1991, Photo : George Lange

図書館で5冊借りてきて、4冊がハズレ。

残りの1冊もなあ、うーん、睡眠薬みたいな文章だ。
またもや眠気がきたのかと思ったら、空が急に暗くなっただけだった。
風が出てきて、雨が降りそう。

洗濯物、取り込まなきゃ。

Thunder Clatter - "Youth" Wild Cub

1970年代までの SF は、いつも外を向いていた。

遠くへ行きたい。
この町から、国から、地球から、太陽系から、銀河系からも出て、その向こうの彼方へ行ってみたい。
だけど、それは人間にとって科学的に限界があるんだっていうのが次第に解るようになった。

1980年代になると、SF は外から逃げるように内を向くようになった。

現実に無限はなく、有限しかない。
それでも遠い彼方を求めて、情報だけで成り立つ世界でなんとか誤魔化せないかと考えた。
サイバーパンクは紙と鉛筆で、内なる世界へ、深く深く、深く潜っていく。

どちらにせよ夢物語だと悟った1990年代になると、SF は急速に衰退していった。

"The Universe in a Nutshell" Stephen Hawking 

「まず、足元を見るのではなく、星を見上げるべきだ」
スティーブン・ホーキング

April 12, 2013

会議

本部とエリアマネージャーの方も出席されておりますので、忌憚なくご意見を交わして頂ければと思います。

着席した司会者は咳払いすると、手を組みながらゆっくりと出席者を見回した。
普段は休憩室として使っている会議室に、なんとも書きようのない雰囲気が漂う。
座り直す音、ボールペンを置く音、資料を一旦揃えてみたりする音。

ひっくり返したビールケースに座っている身分としては、如何ともし難い。

"Margin Call" J.C. Chandor

映画でなければ、小説でも漫画でも、何でもいい。

ごく普通の、ありふれた日常が、丁寧に描かれている物語が観たいんだ。
ごく普通の、ありふれた日常は、つまらないってのは知ってるよ。
だけど、悲観したってしょうがないじゃないか。

どんなに些細な出来事にだって、捉え方があると思うんだ。

"Madagascar : Escape 2 Africa" Eric Darnell & Tom McGrath

飛んだり跳ねたりしなくたって、いい。

爆発しなくたって、財宝がなくたって、裏切らなくたって、いい。
月々一万円の貯金だって難しいってのに、何億円も費やした物語に付き合ってる方が尋常じゃあないんだから。
殺す殺されるなんていう必然性のある人間が、一体どれだけいるっていうんだ。

誰も死ななくたって、いいじゃないか。

"The Island" Michael Bay

派手な物語は好きなどころか、むしろ大好きだよ。

喰いたいし、ヤリたいし、死にたくないってのを、コテコテに煮込んでもらって構わないさ。
だけどね、人間を人間たらしめている部分が前頭葉なんだとしたら。
違っているなら、日々の生活なんて出来事は機械的な繰り返しでしかなくなってしまうよ。

金持ちでも楽天家でも逃亡者でも歴史に名を残す偉人でも、貧乏人ですら、それは同じだと思うんだ。

"Elizabeth" Shekhar Kapur

シェイクスピアにして、たったの36分類法なんて言ってるくらいだ。

ドキドキすることや、ワクワクすることは、ないんだよ。
いや、ドキドキすることや、ワクワクすることは、あるんだ。
砂粒のように些細なことでも、あるはず、なんだ。

そんなことを考えていたら、会議はお開きとなった。

April 9, 2013

敬語

若い連中が在庫を確認していた。

意外に真面目にやっているようだ。
周辺に上司がいないからなのか、多少の雑談も混じっているのが聞こえる。
先々週からの研修で、既に打ち解けあっている所為もあるんだろう。

 「それってコンニャクだっけ?」
 「違うっつーの」
 「シラタキでしょ、バーコード読めば解るじゃん」

棘のない、親しみを込めたタメ口。

ふと、そういえばここ数年、そういうタメ口で気兼ねなく話せるような同僚が周りにいないな、と思った。
四十を過ぎて職を転々としていれば当たり前で、若手は無理矢理にでも敬語を使ってくる。
同年齢や年上になると、いくら無礼講を勧められても本当のタメ口になる機会はまずない。

いつも、なんで自分は敬語からタメ口になるのがすごく遅いんだろうと思っていた。

見栄っ張りだから、なんだろうか。
それでいて、いざタメ口になると、その相手にはとことん甘えてしまう。
それじゃ駄目だろう、みっともないだろう、だらしないだろう。

臆病者め。

Shape of My Heart - "Ten Summoner's Tales" Sting

なんとなく、ぼんやりとした不安。

April 7, 2013

卯月

「あんた変わってる
 ひ弱そうなくせに、日向の匂いがするの
 砂漠の匂いよ」

「君はこの街の匂いがする」

「この街が好き?」

「君は?」

「この街が砂漠なのよ」

矢作俊彦・大友克洋 「気分はもう戦争」より


Simply Falling - "Say Yes" Iyeoka Okoawo

濡れたアスファルトの乾く匂い。

April 3, 2013

Techno 2

テクノ (Techno 1 / March 10, 2013)。

簡単に補足してから進めたい。

電子音楽(Electronic Music)の定義は、広げようとすればいくらでも広がる。
専門家にもよるが、コンセントに差し込んで聴く音楽は全て含まれる可能性があるのだ。
過去、テープレコーダーの録再音と合奏する手法が電子音楽の本道とするような人達もいたりした。

何れにせよ拡大解釈すると、ラジオやテレビ、レコード、インターネット、なんでもいい。
電気がなければ成立しない機器や媒体にある音楽は、此れ全て電子音楽と定義できてしまうのだ。
しかしこれでは、民謡や演歌まで電子音楽なのかとなってしまうので、ここでは除外したい。

モナ・リザをモニター越しに観賞したのだから彼女もCGに定義できる、と拘るのは最早哲学の類だろう。

楽器という観点から考えると、多少は電子音楽の定義を狭めやすくなる。
例えば、文字通り電気を用いるエレクトリック・ギター(エレキ)などはシンセサイザーよりも余程早く普及していた。
しかし、エレキは電子楽器に含まれないとされる。

エレキは、弦の振動を拾って電気的に増幅加工している。
シンセサイザーは、弦の振動そのものを電子的に作り出し、それを電気的に増幅加工している。
歌声をマイクで拾うだけなのか、歌声の元となる声帯の振動そのものを音の波形から生成するのか。

これが、電気楽器(Electric Instrument)と、電子楽器(Electronic Musical Instrument)の主な違いである。

Cirrus - "The North Borders" Bonobo

【 Robert Moog 】

あまりハードウェアに拘りたくないとは思っているものの、この人物とこの電子楽器だけは避けられない。

ロバート・モーグ博士、通称ドクター・ボブ。
アメリカの電子工学研究者で、モーグ(モーグ・シンセサイザー)の開発者。
1970年代中頃から1980年代前半頃まで、世の中はモーグ的サウンドに支配された。

支配と書いても過言ではないくらい、当時とその後に大きな影響を与えたのだ。

Dr. Robert Arthur "Bob" Moog (BL),  Moog Synthesizer 55 system (BR)
Moog Sonic Six (FL),  Minimoog (FR)
"Moog Synthesizer Brochure" Distributed by Norlin Music Inc. 1974

音楽(Music)に流行り廃りがあるように、音(Sound)そのものにも流行り廃りがある。

1964年にモーグが発表された時期には、使い方の解る人間がほとんどいなかった。
文系や理系といった下らない適性は考えたくないが、それでも文系にとってはアレルギーの出そうな代物だった。
演奏するより先に、複雑な設計図を理解する必要があったのである。

それに、高価であった。
研究目的などの大義名分か、映画のようなまとまった資金でもなければ、とても手の届くような代物ではなかった。
基本的なシステムを組んだだけで、現在の価格で1000万以上したのである。

そして、この電子的なサウンドをどうやって活かせばよいのかを知るミュージシャンがいなかった。
試験的にモーグを導入した最初期のポップ・ミュージックに、1967年のモンキーズ「スター・コレクター」がある。
しかし聴いてみると、エレキやエレクトーンでも代用できたんじゃないか、という程度の使い方だ。

ビートルズも解散直前の名盤「アビイ・ロード」でモーグを使用するが、アピールするような使い方ではなかった。

Star Collector - "Pisces, Aquarius, Capricorn & Jones Ltd." The Monkees

ブリティッシュ・インベージョン華やかりし頃、という時代背景は影響していただろう。

1970年にミニモーグが発表されたのは、いろいろな意味で運命的であったと思う。
急速に、月面着陸への意欲は失われ、ベトナム帰還兵は厄介者になっていく。
浮浪者にしか見えなかったラブ・アンド・ピースなヒッピー達も、単なる浮浪者へ戻っていった。

メジャーになったカウンター・カルチャーの数々は、最早カウンター(抵抗)としての意味を失っていた。
1970年代も中頃になると、ブリティッシュ・インベージョンもいい加減に飽きられ始めていたのだ。
パンクの神様は、セックス・ピストルズを1976年に誕生させている。

クラフトワークは四苦八苦してミニモーグを導入、1974年に公式1stアルバム「アウトバーン」を発表した。

Autobahn - "Autobahn" Kraftwerk

音(Sound)そのものに流行り廃りがあり、それが音楽(Music)にも影響を与えている。

モーグによって基本構造が出来上がったとはいえ、当時の電子楽器は試行錯誤の連続だった。
また、ミニモーグの大きな成功は、同時に他社が参入する理由となって競争が激化していく。
こういった状況の中で、開発者のモーグ博士は様々なミュージシャンと交流を深めた。

実際、モーグ博士の好意でシステムや試作品を丸借りして曲作りをしていたミュージシャンも多かったのだ。


【 Giorgio Moroder 】

ジョルジオ・モロダー。
作曲家、シンセサイザー奏者、プロデューサー。
肩書は多いが、現代的なディスコ・ミュージックの始祖と称される。

クラフトワークは、嫌味な言い方をすれば、音楽や芸術といった分野における一種のテクノクラート達に愛された。
モロダーの場合は、世間一般、ごく普通のヒットチャートに入る音楽においてこよなく愛された。
この違いは、凄まじく大きい。

懐かしのディスコ・ミュージック特集になれば、彼の手掛けた曲は必ず入る。
デビューさせた新人や関わったミュージシャンは数多く、名前くらいは耳にしたことがあるという人が多くなる。
映画のサントラでも「フラッシュダンス」に「ネバー・エンディング・ストーリー」、「トップ・ガン」等々、枚挙に暇がない。

余談だが、モロダーはスーパー・カーの会社も設立しており、現在でも受注生産で購入が可能だ。
ランボルギーニをベースにした「チゼータ・モロダーV16T」が其れで、ハイエンドのカー・オーディオを搭載する。
0-100km/h が 4.4sec というモンスター・マシンなので、ハイエンドも何もエンジン音で掻き消されるとは思うが。

恐らく、電子音楽というジャンルおいて、最も大きな富を得た人物である。

&
"Cizeta-Moroder V16T" Cizeta Automobili

モロダーの記録を振り返ると、モーグに混じってローランドやヤマハが混じりはじめる時期がある。

1970年代後半頃から、彼はそういった電子楽器のサウンドで「ウケる曲」を次々に発表していく。
ステージで、シーケンサーの役目を担うキーボードをベースに演奏するというスタイルも彼が最初の一人である。
1977年、多くの人々はドナ・サマーの「アイ・フィール・ラブ」によって、彼のサウンドとスタイルを知ることになった。

今回は、動画を視聴してもらう前に少し説明しておきたい。
一つ目の動画はテレビ番組「The Midnight Special」とツアー「Once Upon a Time」の映像がミックスされている。
このミックスされた映像に、アルバムのレコーディング音源が被せてある。

二つ目の動画は、テレビ番組「The Midnight Special」だけの映像だ。
番組で収録されたライブ音源もそのままである。
また、アスペクト比もこちらの映像の方が正しい。

これら二つの動画を比較すると、モロダーと電子楽器の組み合わせによる功罪が示されている、と思うのだ。

&
I Feel Love - "I Remember Yesterday" Donna Summer

よく、来日した外タレの口パクが話題になるが、それは正しくもあり、間違いでもある。

もちろん、ドナの歌唱力を疑う者はいない。
ただ、アルバムのレコーディング音源とテレビ番組のライブ音源を比べれば、やはり完成度は別次元になる。
他の歌手の為に用意されたとはいえ、白いグランドピアノやオーケストラの出番が全くないのも印象的だ。

モロダー以前にも、スタジオとライブは別物という認識はあった。
国内では今でも、いや、未だに、アルバムは単にアルバムの一言で片付けられてしまうことが多い。
モロダー以後の国外では、スタジオ・アルバムなのか、ライブ・アルバムなのか、予め断ることが多くなった。

モロダーと電子楽器の組み合わせ、そしてその成功は、スタジオでのレコーディング技術を一気に加速する。
これに、ミュージック・ビデオの一般化が更に拍車をかけた。
アルバムでは素晴らしい演奏や歌唱力、ステージでは別人かと疑いたくなるようなミュージシャンやシンガー。

1980年代以降、特にアイドルなどは文字通りモニターの中だけでしか存在し得ないような、本物の偶像となる。

&
From Here to Eternity - "From Here to Eternity" Giorgio Moroder

ただし、モロダーの功績も大きい。

彼のスタジオ・アルバムから二曲を紹介したい。
既に完成されたサウンドが聴ける1977年の「From Here to Eternity」と、1978年の「Chase」である。
二曲目の「Chase」は、もともとアラン・パーカー監督の映画「ミッドナイト・エクスプレス」のサントラだった。

脱獄の隠語でもある「深夜特急」の物語は、国際的な犯罪人引渡協定を求める政治運動の契機となった。
ちなみに、まだ無名であったオリバー・ストーン監督が脚本を担当しており、アカデミー脚色賞を受賞している。
モロダーは作曲賞で最初のオスカー像を手にすることになった。

それらの反響を全て呑み込んで、シングルカットされた「Chase」が各国のディスコやナイトクラブを席巻していく。
ミュンヘンサウンドやイタロディスコ、その後に続くミニマル、ハイエナジー、ユーロビート、ハウス。
もちろん、テクノも含まれる。

現在に至るまで、その功績と影響は計り知れない。

&
Chase - "Midnight Express : Music From The Original Motion Picture Soundtrack" Giorgio Moroder 

【 Note 】

実は今回、紹介したかった人物がもう一人いる。

モーグ博士曰く「ロック史上、初めてシンセサイザーを正しく用いたミュージシャン」、キース・エマーソンだ。
しかし、時間には限りがあるし、風呂敷を広げ過ぎると書き手も読み手も混乱すると思ったので諦めた。
これは自慢だが、一度だけ本人を見たことがあるので、また機会があれば紹介したい。

ところで昨年、クラフトワークのファンやマニアの間である噂が飛び交った。

ついに新曲をリリースか、という動画が YouTube にアップされたのだ。
知らない人が視聴したら、本物かと思ってしまうほどの偽物だった。
よく出来ているのだ。

2011年に 2011klingklang、2012年に 2012klingklang というアカウントで、其々一曲づつアップされている。
クリング・クラング(kling klang)とは独語の擬音で鐘の音「キンコン」を意味し、クラフトワークのレーベルでもある。
サウンド、ビジュアル、タイトル、どれもが如何にもな雰囲気で、特に「Musique Electronique」は完成度が高い。

プロフィールではアメリカということだけが明かされているが、結局は何が本当の情報なのか、誰も知らない。

Thumbs-up to 2012klingklang!

彼は太い口髭を撫でると、カー・オーディオのイルミネーションに手を伸ばした。

オート・エミュレータの如きリミックス群の中から、ムジーク・エレクトロニークを選ぶ。
加速することしか知らないチゼータ・モロダーV16Tが、制限速度なしのアウトバーンを走り抜ける。
真っ黒なポルシェ・サングラスの下の素顔は、誰も知らない。

その瞬間、1980年代は「地上より永遠に」なった。

Techno 3 / June 8, 2013