なかなか邦題に恵まれないマーク・ロマネク監督の映画「One Hour Photo」もそのひとつだ。
この原題はそのままの意味で、どこにでもある1時間仕上げの写真屋さんのことである。
この写真屋さんの店員サイは、ある家族の持参するネガから勝手に焼き増ししては密かにコレクションしていた。
孤独な彼には、ある家族の写真に囲まれて過ごす時間だけが、疑似的に家族の一員となれる唯一の慰めだった。
ここまで書けば誰でも察しがつこう、そう、邦題「ストーカー」である。
2002年の公開なので社会的にもこの単語が話題になっていた時期だし、仕方がないのかな、とも思う。
直訳の邦題「1時間仕上げの写真屋さん」では、違和感のある邦題「ストーカー」よりも売上は落ちたに違いない。
違和感と書いたが、物語のラストにこんなシーンがある(一応ネタバレではない)。
取調室でサイは刑事に「自分の撮った写真を返してくれないか」と頼む。
いつも誰かの写真を見るだけで、DPEしか経験のない彼が、初めて自分自身でシャッターを切った写真である。
刑事は少し躊躇するが、写真をサイに手渡すと取調室を出て行った。
サイは、コメディアンの雄、ロビン・ウィリアムズが驚くほどシリアスに、真摯に演じている。
取調室の真っ白な机に、初めて自分で撮った写真を並べはじめる時の、サイの表情。
写真がちょっとでも斜めになると律儀に水平垂直を直し、丁寧に並べていく時の、サイの表情。
並べ終わった何十枚かの写真と、それらを俯瞰して見つめる時の、サイの表情。
サイの最後の表情は、この映画が単純な邦題では括れない物語であることを痛切に訴えている。
Lost It To Trying (Mouths Only Lying) - "Alternate Worlds" Son Lux Lost It To Trying - "Lanterns" Son Lux Joyful Noise Recordings |
For me the subject of a picture is always more important than the picture.
And more complicated.
そして、もっと複雑なのです。
当時、雑誌「Aperture」などを出版していた非営利支援団体アパーチャー財団の写真集にこの記載があるらしい。
1972年というから、もしかしたら彼女の死後に初出となった言葉なのかもしれない。
しかし彼女なら、被写体への愛情の持ちようはとっくに同じような言葉で他にいくらでも記録されていそうではある。
どんな写真家でもそうなんだが、被写体を愛しすぎた写真家は、写真に喰われていくような気がする。
彼女の言葉を、店員サイに贈る。